9月11日 平成とは うつろう空気

朝日新聞2018年9月5日3面:仲間うちの投稿欄 部数増 高層のオフィスビルが立ち並ぶ東京・大手町に、平安時代の武将・平将門の首をまつったとされる「将門の首塚」がある。8月末、久しぶりに大島信三さん(76)が訪れ、手を合わせた。「あのころ、毎月必ず出勤前に、ここで祈っていたんです」大島さんは近くに本社がある産経新聞社が発行する保守系の論壇誌「正論」の元編集長だ。新聞の記者などを経て編集長に就任したのは1990(平成2)年。冷戦が終わって米ソ対立という大テーマが後退。苦戦を強いられていたオピニオン誌をどう活性化させるのか大島さんは真剣に考えていた。毎月1日の発売日の朝に必ず首塚に足を運んだんのも部数増を祈るためだ。まず目をつけたのが、雑誌の最後にあった1㌻の読者投稿欄だ。届いた投書を読んでいると「読者の書くものが面白いことに気づいた。その知恵をもっと拝借しようと思った」「読者の指定席」と名づけて投稿欄を6㌻に増やしたのを皮切りに、93年には投稿に編集者が一言感想を添える欄「編集者へ 編集者から」を新設。2000年には読者の疑問に編集者や他の読者が答える「ハイ、せいろん調査室です」も追加した。「自国の歴史と先祖に誇りを持って生きるのはすばらしいことですね」「国旗を購入したいがどこにも売っていない。日の丸は簡単に手に入りません」・・。次々と舞い込む封書やはがきを紙袋いっぱいに詰め込み、自宅に持ち帰って目を通した。
「読者には、自分の率直な意見を表明することで時代を変えようという参加意識があった」と大島さんは振り返る。「隣国から謝罪を求められ、靖国に参拝すれば批判され・・。そんな昭和の風潮が薄らぎ、世の中が我々の考えに近づいているという実感もあった」当時の正論を見ると「反日マスコミがあおっている」「職業差別の最も強い典型的な朝鮮人」などの表現が載っている。大島さんは「基本的には編集作業できちんと選別し、過激な発言は載せなかったつもり。問題も起きなかった」。異論にも耳を傾けようと「朝日新聞的な意見」を載せたこともあったが、読者は「それは、他で読めばいい」と反発した。読者投稿で雑誌は活気づいた。16年の在任中、発行部数は9万部から一時15万部まで増えた。投稿欄は多いときで50㌻を超えた。
「論破したい」テレビが喚起 仲間内で集まるだけでなく、敵と味方が一堂に会し、バトルを通じて人々に参加を促したのが1987(昭和62)年に放送が始まり、平成に人気が定着した討論番組「朝まで生テレビ!」(テレビ朝日)だ。「(憲法)9条2項の文章を読んだことあるの?」「読んでいない」「読めよ、ちゃんと!」いまも時に、怒号や冷笑が入り乱れ、10人ほどの論客が政治経済や社会問題などについて深夜に長時間の生放送で激論をかわす。かつては大島渚監督が「バカヤロー!」と激高したり、作家の野坂昭如さんが共演者を怒鳴りつけたりする様子が話題を呼んだ。
なぜ受けたのか。「空気を破りたかった」と司会をするジャーナリストの田原総一郎さん(84)はいう。「日本は空気を破ることをよしとしないが、番組はそこにあえて切り込んだ。テレビの解放区を目指した」。暴力団や被差別部落などの題材にも挑んだ。91年には、バラエティー型の討論番組「ビートたけしのTVタックル」も始まった。こうした討論番組は、激しく攻撃しあう、その後のネット時代の空気を作る上で大きな役割を果たした、と立命館大などで非常勤講師を務めるメディア研究者の倉橋耕平さん(36)は指摘する。出演者だけでなく、テレビを見ている人たちにも、「発言したい」「意見の異なる相手を論破したい」という参加の欲望を喚起したからだという。
 敵と味方に選別それって幸福? 「意見の異なる相手をやりこめようとする風潮は、ネットの登場前から存在していた。その欲望がネットで可視化されていった」と倉橋さんはみる。2001年に小泉政権が発足し、劇場型の政治とテレビが結びつきを強めた影響も大きいという。仲間内で集まり、今度は敵をたたく時代の到来を感じさせたのが、03年に関西の読売テレビで始まったバラエティー番組「たかじんのそこまで言って委員会」(現在は「そこまで言って委員会NP」)だ。関東では放送されないが、それ以外の多くの地方局では放送されてきた。在阪メディアに詳しいノンフィクションライターの西岡研介さん(51)は「『ぶっちゃけ』の名の下に、『敵』に対する差別的で排外的な気分をあおってきた番組だ。視聴率がとれたために、一時期、過激化する傾向にあった」と指摘する。
13年には番組内で「(在日の人々が)日本人の名前に変えることで犯罪歴や金融関係の経歴を消すことができ、新たな犯罪ができる」などと出演者が発言。事実に反するとして抗議を受けた。「『タブーへの挑戦』を隠れみのに、在日韓国・朝鮮人などのマイノリティーに攻撃の矛先を向けるなど、かつてネットなどの地下で流通していた偏見をお茶の間にさらした。それ以前の討論番組と比べても、底が抜けていた」と西岡さんはいう。
最近では敵を探そうとする流れも強固になっている、メディアコンサルタントの境治さんはいう。データ会社を通じ、在京キー局の情報番組などを調べたところ、森友学園問題や日大アメフト部のタックル問題など一つの話題を集中的に伝える傾向が、ここ数年で強まっているのを確認したという。「『悪役』が誰かわかりやすい話題が好まれる。常にたたける相手を探し、徹底的に打ちのめす傾向が社会的に強まっているのではないか」
水島久光・東海大教授(メディア論)は、平成は人々が「味方集め」に奔走した30年だったとみる。「SNSの『いいね!』もそうだが、誰かからの評価を求めてさまよう人々であふれ、ネットを中心にその傾向が加速している」ポスト平成時代に向けて希望はどこにあるのか。キーワードは「幸福」ではなかいかと水島さんはいう。例えば、性的マイノリティーの人々を不当に批判する人がいたとする。その際、「あなたは間違っている」「抗議する」「謝罪しろ」などと言えば、ののしり合いが起きる。そうではなく、相手に対し「それて本当に幸福ですか?」と語りかけてきたらどうか、との提案だ。「その問いかけは誰も否定できないはず。『良い/悪い』『正しい/間違っている』の軸でなく、幸福を合言葉にコミュニケーションを活発化させる。それ以外に、敵と味方の関係をときほぐしていく方法はないと思う」 テレビにスマホ、パソコン。メディアの利用時間が増加傾向にある。それからも味方集めの現場を目にするだろう。気に入らなければ、自分の正義を掲げたくなるかもしれない。でも正義に絶対はない。そんなときこそ、他者の幸福に思いをめぐらせたい。 (河村能宏)39歳。文化くらし報道記者。メディア業界を担当。「朝生」に感化され、他人に議論を吹っかける迷惑な学生だった。

 

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る