9月1日 認知症患者、資産200兆円に

日本経済新聞2018年8月26日1面:30年度マネー凍結懸念 対策急務 高齢化の進展で認知症患者が保有する金融資産が増え続けている。2030年度には今の1.5倍の215兆円に達し、家計金融資産全体の1割を突破しそうだ。認知症になると資産活用の意思表示が難しくなり、お金が社会に回りにくくなる。国内総生産(GDP)の4割に相当するマネーが凍結状態になれば、日本経済の重荷なりかねない。お金の凍結を防ぐ知恵を官民で結集する必要がある。
「やはり引き出しは難しいですか」。今春、東京都内の信用金庫で50代の男性会社員は困惑していた。80代の父親は認知症と診断され、老人ホームに入居している。男性は父の入院治療費を支払うため、父名義の口座から約60万円を引き出そうと相談に訪れていた。「ご本人の意思確認ができない状況では支払いに応じられません」。信金の担当者はこう伝えた。金融機関の立場では家族による横領を防ぐための当然の対応でだが、本人のためでもお金が使えず、預金が凍結状態になるケースが目立ってきた。政府の高齢社会白書によると65歳以上の認知症患者数は15年に推計で約520万人。3年間で約50万人増えた。高齢化が進む30年には最大830万人に増え、総人口の7%を占めると予測される。
進まぬ後見人利用 金融資産の「高齢化」はすでに進み、14年時点で全体の65%ほどを60歳以上の人が保有している。今後は認知症高齢者の保有が大きく拡大する局面に入る。第一生命経済研究所が認知症有症率のデータなどを用いて保有額を試算したところ、17年度の143兆円が30年度には215兆円まで膨らむとの結果が出た。
日本の家計金融資産は30年度時点で2070兆円と推計される。認知症高齢者の保有割合は17年度の7.8%から10.4%に高まる。政府や金融機関はこうした資産が使われなくなることに危機感を強めている。高齢者の消費が減るだけではない。株式などの運用が凍結されれば、ただでさえ欧米より少ない日本のリスクマネーは目減りし、成長のための投資資源がますます少なくなりかねない。不動産取引の停滞も予想される。「投資で得た収益が消費に回るといった循環がたちきれ、GDPの下押し圧力になる可能性がある」(第一生命経済研の星野卓也氏)
対策の一つは成年後見制度の普及だ。認知症などで判断能力が不十分で意思決定が困難な人の財産を守る仕組み。後見人は、お金を本人の口座から出すことができる。ただ現時点の制度利用は約21万人と認知症高齢者の5%にも満たない。核家族化が進んで後見人になる親族が近くにいない。弁護士や司法書士など専門職を後見人にすると、最低でも月2~3万円の報酬を払い続けなければならないので、収入や資産が少ない高齢者には負担が大きい。親族や専門家以外の人が無報酬で担う市民後見人を増やす必要があるが、家庭裁判所への報告などに加え、借金返済や家賃滞納への対応など想定外の仕事もふりかかり、負担は軽くない。高齢者からは親族でも専門家でもないない人は「信用できない」との声も多い。このため全国銀行協会や法務省、金融庁などは協議し、後見人による不正を防ぎつつ、今よりも使い勝手が良い預貯金サービスの仕組みを打ち出した。
預金管理に工夫 高齢者の銀行口座を資産用と生活費用に分け、資産用口座の解約や入出金は金融機関や家裁などが厳しくチェックする。一方、後見人による生活口座からの引き出しは今よりも自由度を高め、インターネットバンキングも認める。金融機関でこうしたサービスの導入が広がれば、市民後見人の普及に寄与する可能性がある。法人が後見人になる取り組みもある。城南信用金庫(東京・品川)など5信金は「しんきん成年後見サポート」と呼ぶ一般社団法人をつくり、東京都品川区と連携し、身寄りがない認知症高齢者の後見人を引き受けている。信金のOBやOGが高齢者の財産を管理する。
ただこうした工夫でも株式などの運用が滞る問題は解決できない。後見人による有価証券運用は明確に禁止されているわけではないが、元本割れのリスクを伴うため、家庭裁判所は認めないからだ。そうなると株は売却されて資金は預貯金に回ることになる。認知症になる前に本人と家族で資産運用についてあらかじめ定めを結ぶ「家族信託」という仕組みはある。だが本人も家族も認知症になることを前提に話し合うことには抵抗があり、利益率は低い。みずほ総研究所は認知症高齢者が持つ株式などの有価証券が、35年に全体の15%に達すると推計する。高田創調査本部長は「株式の生前贈与を促す税制の創設など、生きた形で若年層に金融資産をシフトさせる方策が必要となるだろう」と指摘する。(広瀬洋平、水戸部友美)

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