9日 原発と世論 金曜デモの5年【1】

東京新聞2017年7月6日29面:希望のエリア 声上げたいならここへ 雨上がりのアスファルトを西日が照らす。もう何度目だろう。紫野明日香さん(48)=東京都三鷹市=は古ぼけた黒色のマイクを握り、スイッチを入れた。
先月30日金曜日の午後6時半、東京・国会議事堂前の坂を下った一角。名を「希望のエリア」という。
「さいかどうはーんたーい、いのちをまもれ」。紫野さんが叫ぶと、今夜も広場に集まった150人ほどが声をそろえて続いた。「希望のエリア」はちょうど5年前の金曜日、2012年6月29日にできた「ファミリーゾーン」が始まりだ。原発再稼働に反対する市民による官邸前抗議行動(金曜デモ)がピークに達し、最大20万人(主催者発表)が集まったその日、子供連れの参加者の安全のために設けられた。
紫野さんはシングルマザー。10年前に離婚し、女手一つで一人娘の風花さん(20)を育て上げた。仕事や子育てに追われ、原発のことなんて考えたこともなかった。だが、11年の福島第一原発の事故後、当時、中学2年生だった風花さんがふと口にした。「わたし、お母さんの年齢まで生きられるのかな」(子どもにこんな不安を抱かせる原発を動かしていいのか・・・)。以来毎週欠かさずデモに足を運ぶようになった。
あの夜、紫野さんもファミリーゾーンにいた。老若男女、年齢も職業もさまざまな人々が「原発はもういやだ」という思いだけを重ね、吐く息の音が聞こえるほどにへし合う。「これだけの人が気持ちをひとつにできるなんて・・・」。生まれて初めて見る光景に身震いした。
その後も金曜日がくるたびデモに通い続けた。陣取るのは決まってファミリーゾーン。他の場所より、幾分、のんびりした「ゆるさ」が心地良かった。世間の注目が薄れ、参加者が減り続けても、落ち込むことはない。「ずっと怒り続けるなんてできない。来なくなった人たちが原発を認めたわけじゃない」
人数が減った分「わたしも声を上げたい」と壇上でマイクを握る参加者が増えた。3年前の2月、「怒りだけではなく希望を見つけられる場所に」という意味を込め「希望のエリア」へと名を変えた。変わらないのはその、ゆるさ。ダンスをしたり、歌を歌ったり、やりたい人がやいたいように意見を表明する。偉い政治家だろうが、有名人だろうが、マイクを握るのは先着順。ヘイトでなければ何を言ってもいい。「原発に賛成ならそれでもいいんです」 英国ロンドン中心部の公園に、19世紀から続く「スピーカーズ・コーナー」と呼ばれる場所がある。誰でも政治や社会へ意見を表明することができ、かつて、マルクスやレーニンも自説をぶったところ。言論や思想の自由、民主主義のシンボルとも評される。
「希望のエリア」はまるで日本版スピーカーズ・コーナーにようだ。「民主主義のシンボルとかそんな大げさなものじゃなくて、自分たちの思いを伝え続けたいってだけ。声を上げたくなったらいつもでもここへ来てほしい」。あの夜の人々の思いが根を張る場所で、そう言った。


「脱原発」の世論を象徴する金曜デモが最高潮に達してから5年。デモ参加者は減り続け、原発再稼働は相次ぐ。人々が重ねた思いはあだ花だったのか、それともー。あの夜の熱気の「今」を追った。

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