8月7日てんでんこ 九州と豪雨「13」真相

朝日新聞2018年8月2日3面:全員無事の集落。「過去の教訓より、幸運に助けられた」 2017年7月の九州北部豪雨の直後。関西大准教授の近藤誠司(46)は「5年前の豪雨の教訓を生かし、全員が無事避難できた地区がある」と伝えるテレビニュースを見て、興味を持った。「豪雨は刻々と状況が変わる。そんなに、うまくいくものだろうか」福岡県朝倉市杷木志和の平榎地区。約40世帯が暮らす山あいの集落の沢に濁流が押し寄せ。住宅3軒が流失したが、12年の豪雨のときに集落で1軒だけ床上浸水した家が判断基準となり、素早い避難が実現したという。専門は防災情報学。ディレクターとして長年勤めたNHK時代から数多くの被災地に足を運んだ。無事避難できた真相を探ろうと、今春から聞き取り調査を始めた。
雨が激しさを増した17年7月5日午後1時半ごろ。5年前に床下浸水した坂本三男(69)の家に、心配した住民11人が集まった。家具や畳を2階に運ぶ間にみるみる濁流が押し寄せ、標高が高い隣の日野博(54)の家に全員が逃げた。土嚢を作る間もなく、そこにも水が入ってきた。11人のうち3人は濁流を横切って集落の下流側を目指した。高齢者のいる家を回り、背負ったり手を引いたりして、泥水の中を近くの公民館に避難させた。
残る8人と坂本夫婦は、より山側の家へ逃げた。その際、日野は実印が入ったバッグが目に入ったが、「自分だけいろいろ持って出るのは悪い」と手に取らなかった。水が引き始めた午後9時半ごろ、みんなで公民館に向かった。停電した暗闇のなか、足はひざまで土砂にめり込んだ。区長の日野和広(59)は「明るくなってから見たら、よくもこんなところを歩けたものだと驚いた」。集まった公民館も、背後で土砂崩れが起きていた。
近藤は5月末にも学生と地区を訪れた。5年前の経験をもとにした避難マニュアルのようなものがあったか、と住民に聞くと「たぶんない」。坂本は「誰かが声をかけるまでもなく、自然と家に集まってくれた」と言った。いざというとき濃密に助け合う「地域の絆」は、集落に危機が迫ることをいち早く知るきっかけとなり、下流域の住民の早期避難につながった。一方で、危険な場所に住民を引き寄せる要因にもなった。近藤は言う。「地域の絆は、全員を無事避難させる力になっただろう。ただ、過去の教訓より、幸運は助けられた場面が多かった」 (原篤司)

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