8月6日 原発ゼロをたどって7

朝日新聞2018年8月1日夕刊2面:方向転換に5年もいらない 今の安倍政権は、政府策定の「エネルギー基本計画」をもとに原発政策を進めている。はたして、それは合理的なものなのか。事故後、脱原発社会に向けた政策提案を続ける随一のシンクタンク「原子力市民委員会」。その座長の九州大学・吉岡斉が今年1月14日、肝神経内分泌腫瘍で死去した。64歳だった。吉岡が心血を注いだ、脱原発実現のための報告書「原発ゼロ社会への道2017」は17年12月に発表された。自ら執筆した最終章で、吉岡は14年4月に閣議決定された第4次の基本計画を冷笑した。
「このような貧しい記述は、原発推進の根拠を示す議論として何の説得力もない」とくに厳しい目を向けたのが、基本計画が原発を「3E(安定供給、環境適合、経済効率)+S(安全性)」の観点から推進すべきだ、としたとろこだ。吉岡は「S」を最高基準にすべきであるとして、こうつなげた。「もし『S』において社会が受け入れ可能な水準を原発がクリアしなければ、仮に『3E』において特別に優れていた場合でも、発電手段として放棄すべきだ・・なっぜなら原発事故の損害規模は、他の発電手段のそれと比べて際立って大きい・・戦争にも匹敵する被害である」
原子力市民委員会は、NPO法人「高木仁三郎市民科学基金」の助成を受けて13年に発足。破綻した原発政策を政府が進めるなら、市民は市民の手で多数の民意に立脚した脱原子力政策をつくり、実現していかねば、という趣旨だった。基金事務局長の菅波完(52)によると「その枠組みは吉岡先生の筋書きがベース」だった。適宜出された声明などの多くも、吉岡の素案に他委員の意見を反映する形でつくられた。市民との意見交換会も各地で頻繁に開いた。事務局スタッフで吉岡を助けた水藤周三(34)は振り返る。「吉岡先生は議論が楽しいようで、ニコニコして答えていた」
だが、安倍政権は、吉岡らの市民委員会の指摘を真摯にきくこともなく、今年7月3日、第5次計画を閣議決定した。吉岡が第4次計画で批判した「3E+S」の部分は、そのまま踏襲していた。「原発コスト」(岩波新書)などの著書で知られ、座長代理だった龍谷大教授・大島堅一(51)は昨年12月、吉岡の九州の入院先を見舞っている。学研肌の吉岡らしく患った病を大島に詳しく説明した。そして小さな声で頼んだ。「座長をお願いします」今年2月、無くなった吉岡の後任座長に大島が就いた。直後の合宿で大島は言った。「『原発ゼロ』については、あと5年でカタを付けたい」。発足から10年の区切りを念頭に残りの5年で化学的な見地から、その方向性を示すという覚悟を示した。大島は取材に語った。「吉岡先生の著作を改めて読み、日本の原発をめぐる状況は悪くなる一方だと感じた。もはや『原発ゼロ』への方向転換に5年もかからないのでは。推進勢力を追い込んでいきたい」 =敬称略 (小森敦司)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る