8月5日 平成つむいだ夏

朝日新聞2018年7月31日30面:優勝旗 北から南まで■メジャーリーガーも輩出 第100回全国高校野球選手権大会は30日、全国56代表が出そろった。節目となる今大会は「平成最後の夏」になる。この時代、高校野球はどのような歴史を刻んできたのだろうか。1面参照
平成最初の夏、1989年の第71回大会は帝京(東東京)が初優勝した。決勝は吉岡雄二(元巨人など)が仙台育英(宮城)の大越基(元ダイエー)との投げ合いを制した。その後、九州・沖縄勢が躍進する。第72回で沖縄水産が県勢初の決勝進出を果たし、2年連続で準優勝。星稜(石川)・松井秀喜(元ヤンキースなど)への連続敬遠が議論を呼んだ第74回は西日本短大付(福岡)が初優勝した。第76回決勝は初の九州対決で佐賀商が樟南(鹿児島)を破って頂点に立った。
松井秀喜を始め、メジャーリーガーも輩出した。2003年の第85回は東北(宮城)のダルビッシュ有(カブス)が躍動。第87回で駒大苫小牧(南北海道)の田中将大(ヤンキース)が好投を見せ、連覇を果たした。東日本大震災が起きた11年、第93回で日大三が夏の頂点に。この大会で花巻東(岩手)の2年生エース大谷翔平(エンゼルス)が最速150㌔を記録した。優勝旗は北から南まで巡った。駒大苫小牧は04年、北海道へ初めて深紅の大優勝旗を持ち帰り、興南は10年、沖縄勢悲願の全国制覇を、初夏連覇という形で果たした。99回の歴史で28都道府県が優勝を経験しているが、平成で初めて優勝校を出したのは5道県(北海道、群馬、埼玉、佐賀、沖縄)いなる。
「打高投低」色濃く 平成は「打高投低」の傾向が色濃くなった時代と言える。第99回までの通算本塁打数は1597本。そのうち平成に入ってからが951本で、約6割を占める。筋力トレーニングの高度化や打撃練習用マシンの普及で「打」の進化が続いた。01年の第83回を制した日大三は6試合で打率4割2分7厘と当時の記録を塗り替えた。一方、この年の秋から打球が飛びすぎる金属製バットを規制するため、900㌘以上のバットの使用が義務づけられた。1大会通算の犠打飛の数は89年が237だったが、昨年は185と減少。送りバントより積極的な打撃が主流になりつつある。
打撃力が向上した一方、複数投手の起用が定着した。平成に入って1人の投手が全試合を投げ抜いて優勝したのは、92年の西日本短大付・森尾和貴と、94年の佐賀商・峯謙介しかいない。トレーニングの方法も科学的になり、休養の大切さを重視するなど、球児を取り巻く環境は変わった。高野連と朝日新聞社が実施した5年に1度の実態調査で、「食事指導を行っている」と答えたチームは。03年は56%だったのが今年は70%と増えている。90年代以降、けが予防のため、甲子園出場投手の肩・ひじ検査を実施するようになったほか、00年に延長の回数制限が十八回から十五回と短くなり、今年から十三回以降はタイブレーク制が導入された。打者のエルボーガード、レッグガードも使えるようになり、安全向上が図られてきた。また、選手が動画で投球・打撃のフォームを確認するなど、デジタル技術の活用も広がっている。今春の選抜大会に出場した膳所(滋賀)は、データ分を専門とする部員が注目を集めた。 (辻健治)
始球式リレー地方大会終了 第100回全国高校野球選手権記念大会(朝日新聞社、日本高校野球連盟主催)の関連イベント「100回つなぐ始球式リレー」は30日、西東京都と北神奈川大会でそれぞれ始球式があり、地方大会の全日程を終えた。この日まで計99回の始球式が行われ、8月5日に開幕する全国大会での100回目につながる。リレーは5月30日、大阪府豊中市の「高校野球発祥の地記念公園」でスタート。全国9ブロックでリトルリーグの子どもたちや高校生、地元ゆかりの元プロ野球選手らが九つのボールをつないできた。100回目は、「甲子園レジェンド始球式」で、日米で計507本塁打を放った松井秀喜さん(石川・星稜)が投げる。

 

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る