8月4日 原発ゼロをたどって5

朝日新聞2018年7月30日夕刊2面:新しい社会への「鍵」になる 立憲民主党で「原発ゼロ基本法案」づくりを中心になって担ったのは、党エネルギー調査会事務局長の山崎誠(55)だ。実は、今では「幻」となった民進党の原発ゼロ法案にもかかわっていた。山崎は2009年8月の衆院選で初当選するが、12年暮れに落選し、17年10月、比例区で当選した。浪人中、自然エネルギーの普及を図る団体で働きつつ、原発をなくしていくための民進党の政策集「原発ゼロ社会変革プログラム」の下書きをしていた。
山崎に声をかけた立憲民主党(当時民進党)の衆院議員・高井崇志(48)のウェブサイトにそれは残っていた。A4判13㌻。日付は17年6月9日。末尾に高井ら6人の議員有志の名がある。当時の民進党代表・蓮舫の意向を受けとめたものだったが、野党再編で結局、成案にならなかった。立憲民主党を立ち上げた枝野幸男が17年10月の衆院選直後の報道番組で語った「民進党時代に仲間たちでつくってきたもの」とはコレのことだったと関係者はみる。
中身といえば、基本方針として「省エネ・再エネシフトを進め30年代に原発ゼロを完成させる」とし、末尾に原発ゼロ法案の「骨格」も付けていた。そこには「緊急事態発生時のみ限定的に再稼働をみとめる」との例外規定があった。支援を受ける電力関連労組への遠慮が出たところとみられる。
立憲民主党の原発ゼロ基本法案の当初案にも似た記述が残った。それが、同党が各地で開いたタウンミーティングで問題になった。例えば今年2月11日。福島県郡山市の回では環境NGO「FOEジャパン」理事の満田夏花がキギを刺した。「緊急時の運転の必要性は疑問。原発の稼働状況を踏まえれば、即時ゼロを前面に押し出すべきです」。原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟事務局次長の木村結(66)も「できるだけシンプルに」と求めた。
立憲民主党内の議論でも、元首相の菅直人(71)が「もっとゼロを強く」などと主張。山崎は調査会長の逢坂誠二(59)らと協議して、例外規定をなくし、前文でもきっぱりと「(全原発を)速やかに停止し、計画的かつ効果的に廃止する」とうたった。この前文には、山崎のお気に入りの一文が作成過程で入った。議員立法を助ける衆議院法制局から様々なアドバイスを受けるのだが、山崎の案になかった、こんな一文が挿入されたのだ。「原発廃止・エネルギー転換の実現は、未来への希望である」-。山崎は言う。「『原発ゼロ』には、電気が足りなくなるといった否定的な見方が世の中にはある。そうじゃない、新しい社会に変わる『鍵』だと訴えたのを、法制局がうまい言葉にしてくれた」全国20カ所あまり、約2千人が参加したタウンミーティングや衆院法制局とのやりとりを経てできた法案は、共産党、自由党、社会民主党と共同で3月9日、衆院に提出された。ようやく「原発ゼロ」への旗印が立った。しかし、容易に審議入りとはならなかった。 =敬称略 (小森敦司)

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