8月28日てんでんこ 西日本豪雨「9」命守った砦

朝日新聞2018年8月24日3面:300人が廊下に横たわり、犬の鳴き声が響く。さながら「野戦病院」だった。 医療法人和陽会・まび記念病院(80床)は、倉敷市真備町地区の医療を支える拠点だ。今回の豪雨ではまさに住民の命を守る「砦」になった。「近所の人が20人くらい集まってきています」。市内の自宅にいた院長の村松友義(60)は、7月7日午前2時ごろ、当直の看護師から電話を受けた。30分ほど前、小田川の支流で病院の西約2㌔を流れる高馬川の堤防から水が噴き出し、避難指示が出ていた。ふだんは病院まで車で小一時間だが、通行できる道を探しながら3時間かかった。
やがて病院の駐車場が冠水した。院内の浸水に備えて、運搬できる医療機器は職員や看護師がエレベーターで上階に運んだ。水はじわじわと2階に迫り、午前9時ごろに停電。1階にあった非常用電源も1時間後にダウンした。入院患者は約80人。車いすの人は4人がかりで、寝たきりの人はおんぶして、最上階に移した。
昼ごろになると、自衛隊がボートで救助した住民を一時避難させるため、次々に運んできた。ずぶぬれで表情を失った子どもやお年寄りら300人近くが廊下に横たわり、一緒に逃げてきた犬の鳴き声が響く。さながら「野戦病院」だった。日が落ち、医師や看護師は懐中電灯を手に、患者の様子をみて回る。避難してきた住民にも、職員らが毛布や手作りおにぎりを配った。「患者が救助された先のことを考えなくては」。その間、村松は入院患者を受け入れてくれる医療機関を探した。人工透析を急ぐ患者も9人いる。氏名と病状のリストを作り、外部の医師らを通じて転院を打診した。
そして8日午前10時、雲の間から光が差し込む。病院上空にヘリコプターにお音が響き、透析患者らを相次いでつり上げた。他の住民らはボートで安全な避難先に向かう。最後の村松が避難したのは午後9時。冠水で孤立してから、40時間後だった。患者と非難住民の命は守れたが、運べなかった画像診断機器などは水没で壊れた。15診療科の全面再開は年明けの見込みだ。「地域の人たちの健康を守るには、どうすればいいのか」。村松らは7月18日から、病院玄関横に止めたバスに陣取り、外来の「復興仮設診療」を始めた。 (華野優気)

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