8月25日 平成とは バブルの残映「5」

朝日新聞2018年8月21日夕刊10面:読み返せば金満紙面 バブルの熱は朝日にも残る。焦げ跡の一つが、1990年初めの経済面連載「銀行24時」だ。初回の<個人御用達・・高級住宅街へ進出合戦>は私が書いた。東京有数の邸宅地、世田谷区成城で大銀行が出店を競う話だ。学生時代、家庭教師に通ったので土地勘はあった。小田急線の駅周辺に商店街が広がり、駅北には豪邸が連なる。取材時の最高地価は坪1千万円を超え、相場や譲渡があるたびに10億円単位の大金が動いた。土地長者や株成り金が続々と生まれた。
成城は長らく、駅北口の三菱、南口の住友がすみ分け、「地域独占の市役所みたいな存在」(当時の三菱支店長)だった。そこへ86年に第一勧業、89年に三和、90年には富士が進出する。いずれも今は懐かしい行名である。私が描いたのは、証券会社を交えた新旧資産家の取り込み合戦、ドタバタ劇だ。まずはインターホンに出るお手伝いさんの壁を破るのがひと苦労で、客の呼称は、奥さんを「奥様」に、おばあちゃんを「大奥様」に変えた、といった外回りの泣き笑いを並べた。
記事に登場する5銀行は現在メガバンクに再編され、北口に三菱UFJ、西口に三井住友、みずぼが残る。90年代は豪邸跡地のばら売りも相次いだ。地価は高くて坪200万円台に戻っている。この「銀行24時」を含め、後に社の内外で「新聞もバブルに加担したよね」と言われた。86年に土曜夕刊で始まった「ウイークエンド経済」には私も関わった。どこに預ければ利回りはなんぼ、といった情報は載せたが、主眼は経済ニュースを面白くすること。くらしと国際経済の距離が縮まったのも、80年代だった。ところが、モノづくりで世界に躍り出た産業界、国民ともにマネーゲームに走り、伝える我々も同じ熱気のなかにいた。バブルの後には、経済は面白いどころか怖いというトラウマが刻まれた。(元朝日新聞特別編集委員・冨永格)

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