8月24日 平成とは バブルの残映「4」

朝日新聞2018年8月20日夕刊6面:会食にもルールあり 取材先との会食は、情報収集と懇親が目的だ。社用にせよ個人負担にせよ、相手に借りをつくらぬよう心がけてきた。バブルの世とはいえ、ヒラ記者が使える社費は限られる。お返しが自腹となる一対一の誘いには、「安い店で」とお願いした。他方「団体戦」は豪華絢爛。こちらが金融キャップ以下4人なら銀行側も広報部長ら4人。頭取や重役が加わる席には、当方も経済部長かその上がはせ参じた。企業の金回りはよく、大銀行のメディア対応には余裕があった。
東京の花街、向島。都銀の招きで、鳴り物と芸者衆が入る宴にも出た。バブルと聞けば恥ずかしながら、その時の金屛風が目に浮かぶ。シャンパンの輸入が急増し、東京にある名門ゴルフ場の会員権が4億円をつけた頃である。大手証券会社が名古屋で開いた忘年パーティーでは、招待者への手土産にカゴ入りのマツタケが用意されたと、同僚から聞いた。「そんな時に涼しい顔でいられるようマスコミは高給なんだ」
先輩にそう諭されたものだ。企業の軍資金が豊かだったバブル期は、記者のモラルも試された。キャップの方針もあり、手土産の類は「もらわず、配らず」が私たちのルールだった。港区の店で都銀との宴が終わり、先方が菓子を渡そうと粘ったことがある。玄関先で押し問答の末「そちらも困るでしょうから」とわがキャップ。4人分の紙袋を受け取ると、歩道上のゴミ出しバケツに勢いよく押し込んだ。「そこまでやるか」と固まった。グシャという音と、バケツの青を鮮明に覚えている。
この先輩、コワモテで言葉も荒いが、官民に張った人脈で一目置かれていた。携帯が普及する前の自動車電話で、在宅の日本銀行総裁と深夜に話す仲である。連夜の付き合いのため、会社の信用組合から数百万円を借りていたと、ずっと後に聞かされた。 (元朝日新聞特別編集委員・冨永格)

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