8月15日 平成とは 始まりの日々「4」

朝日新聞2018年8月9日夕刊8面:「踰年するくらいなら」 歴史に長く残る場面がある。昭和に代わる新元号を発表した小渕恵三官房長官の記者会見はそのひとつだ。1989年1月7日午後2時36分、私は官房長官の約10㍍前にすわっていた。「新しい元号は・・」ここでわずかに間があいた。 「ヘイセイであります」
細めの端正な楷書で書いた「平成」の額を記者団の芽に示した。あとは、シャッター音と、席を立つ記者の椅子がぶつかる音だけが録音テープに残っている。私自身は、「平成」に拍子抜けしたことを覚えている。二つの漢字があまりにも平易で平凡だという印象を持ったのだった。
先輩記者2人が元号取材に専従し、私は、元号に関連する官邸幹部に話を聞いていただけだが、それでも元号への思いが膨らみすぎていたのだろう。官邸では引き続き、的場順三内閣内政審議室長が元号についてのブリーフを始めた。記者から質問があがった。「『平成』は、過去に採用されなかったケースがあるのでは」「慶応」(1865~68年)を決めたときの候補案に「平成」があったという指摘だった。的場氏の答えは、「それはないはずです」。だが間違いだった。事務方は詳細な記録を持っていたのだが、的場氏自身はそこまで把握していなかったようだ。
政府も、取材する側も、異様な熱意を元号にかけていた。こんなこともあった。88年末、昭和天皇の容態が危ぶまれたとき、仮に年末に改元するより、元旦から新元号を施行する「踰年」(ゆねん)が望ましいという話が浮上した。官邸の幹部は血相を変えた。当時の取材メモには、次のような激しい言葉が残っている。「そんな議論をするのは、元号の何たるかを知らない人だ。元号は天皇制と一体という考えでやっている。踰年するくらいなら元号なんてやめてしまえばいいんだ」 (編集委員・三浦俊章)

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