8月14日 寂聴 残された日々 38遺言

朝日新聞2018年8月9日32面:「早く書け」と言われて笑う 近頃、「早く遺言を書け」といわれる。大正十一(1922)年五月十五日生まれの私は現在、満九十六歳だ。今年もすぐ盆だし、たちまち新年を迎える。その正月で私は数え年九十八歳の、れっきとした婆さんになる。そうつぶやいていると、私より六十六歳若い秘書の「まなほ」は、「また!その数え年っていうのはきらい!満だ、数えだなんてほんとうのお婆さんの言うことですよ。私たち世代には死語」と、文句を言う。
「あなたに言っているわけじゃない。自分で感嘆してつぶやいているのだから。はいっ! 私はもうすぐ数え九十八歳。たちまち百歳・・でも、若く見えるって言われるわよ」「テレビの時、あたしがつきっきりで、メイクさんに注文を出しているからじゃないですか。つけまつげはもっと長いのをとか、鼻が低いから、鼻の両脇にもっとシャドウをいれてくれとか・・」「うるさい小姑だと、メイク室の評判になっているわよ」「誰のせいですか? でも近頃テレビ観てくれた皆さんが、寂聴さん、すっかり若返ったと評判ですよ、やっぱり若いまなほと暮しているせいねって」
「こんな話しになると、宇野千代さんの九十八歳の死顔の美しさを思い出すわね。マンションの畳の上に厚いふとんを敷いて行儀よく寝かされていたけど、それはもう輝くように美しかった。枕元に女優の山本陽子さんが喪服で正座していたけど、あの美人で通った山本陽子の喪服の顔より宇野さんの死顔が美しかった。結局、宇野さんて心根がきれいだったんでしょうね」「じゃ、先生は大変だ。心根がよくないから、もっと死化粧の上手な人を探しておかなくちゃ」
「宇野さんは九十五あたりまで小説書かれていたのよ。そのうち『あたし何だか死なないような気がしてきた』とおっしゃって、おれから程なく亡くなられた。長生きしたら秋の木の葉がはらりと落ちるように、苦しまずに死ねるから、長生きしたいと、常々いってらした」「この頃よく宇野さんの話なさいますね」「近くに呼びに来てくれるのかも・・」「宇野さんの遺言は発表されましたか」「聞いたことない。でも最後までお世話した秘書の藤江淳子さんへの遺言はされたでしょうね。養女にとおっしゃったのを断ったそうよ。痙攣潔白な方だから、先生の財産めあてだと言われるのがいやだったようね」
「そうそす、近頃、わたしのこと、世間で何て呼んでいるかご存じ?」「知らない」「コバンザメですって」「どういうこと?」「先生の財産ねらってしがみついているんですって」「誰が?」「やあだ! ほんとうにボケが始まりましたね。あたしに決まってるじゃない」「まなほは、そんな人間じゃないよ」「ありがとう! だから早く遺言書いて下さいよ。あたしが邪魔しているように思われますからね」「そうときくと、益々書くの厭になった!」私とまなほは一緒に笑ってしまった。ペン一本で何万書いたところでしれている。大騒ぎするほどお金が残る筈なんてない。でも・・「遺言」という題のショートショート書いてみようかな。
◇作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんによるエッセーです。

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