8月12日てんでんこ 九州と豪雨「16」林業

朝日新聞2018年8月7日3面:「被害の全容、今もつかめない」。苦境に災害が追い打ちをかける。「日田杉」ブランドで知られる日本有数の林業地帯、大分県日田市。市内には七つの原木市場があり、県立日田林工高校は全国でも珍しい林業科をおく。2017年の九州北部豪雨は、この林業にも深刻な被害を与えた。約180㌶の山林を持ち、スギやヒノキを出荷する同市小野の権藤竜樹(50)は「豪雨から1年以上経った今も山の被害の全容がわからない」。林業を営んで4代目。長男の俊樹(25)と2人、山に入る生活は一変した。豪雨であちこちの山が崩落した。直後の約2ヵ月間は木材を搬出するトラックが使う周辺の県道も通行できず、収入が途絶えた。張り巡らされた林道や作業道は今も多くが通れないまま。2人は伐採の合間を縫って自分たちで復旧作業を進めている。被害額は少なく見積もっても、2千万円以上になりそうだ。
「(他の木を傷つけないよう)計算通りの方向に木を倒す喜びは、何ものにも代えがたい」と俊樹は言う。代替わりした後も生計が維持できるか見通しは立たないが、豪雨後はスギやヒノキに加えて、試験的にアカマツなど他の樹種を植え始めた。かつては、森林の手入れにため成長途中の木を切った間伐材を売っても利益が出た。山林の所有者らでつくる日田市森林組合の専務、和田正明(58)によると、1979年のスギの木材価格は1立方㍍あたり3万5500円。だが、16年には約3分の1の1万2300円まで下落した。市内で林業に従事する人は500人弱いるが、権藤家のように林業だけで生活する人はほとんど残っていない。
林業の苦境に災害が追い打ちをかけた。台風や豪雨のたびに山林は被害を受け、経営意欲を失う林業家が増えていった。組合では93年に間伐などを専門にする部署ができ、山林管理は個人から組合が中心になっていった。戦後、木材需要の高まりに応えるため、国は積極的に造林を進めた。だが、16年の全国の木材産出額は2370億円と、ピーク時の1971年の約4分の1まで減った。木材生産を成り立たせるだけでなく災害にも強くなれば、林業を維持するのは難しい。その二つを両立させ、全国的に注目されている林業家が、徳島県にいる。 (興野優平)

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