7月7日 甲子園ベストゲーム47東京

朝日新聞2018年7月3日14面:雪辱4番封じ徹底 本塁打の苦い記憶 冷静かつ大胆に勝負 最後は振り絞った 37年ぶりの決勝再試合で、好カードはさらに名勝負へと昇華した。2006年8月20日、そして21日。「世代最強」と言われた田中奨大(現ヤンキース)を擁し、史上2校目の3連覇を狙った駒大苫小牧(南北海道)の勢いを跳ね返した早稲田実。相手のエースよりも4番との勝負に徹した斎藤佑樹の冷静さと大胆さが際立った。「本当に4番の本間篤史を抑えたことが勝った要因。本間に打たれていたら勢いづかれたと思うので」斎藤には、前年秋の明治神宮大会の対戦で苦い思い出があった。3-0の六回、先頭の本間篤史に本塁打を浴びてから、さらに4失点して逆転負け。駒大苫小牧の香田誉士史監督(当時)も「篤史の打撃に穴があるのは分かっていた。でも打つとチームが乗るんだよ」と絶対的なキーマンに挙げていた。 甲子園では、最初の対戦に大きなヤマがあった。1試合目の一回2死二塁。初球は様子見の外角へのボール球のスライダー。2球目も凡打を誘うように同じ球を投げたが、わずかに浮いた。歓声と悲鳴が入り交じるなかで中堅後方を大飛球が襲った。しかし、ボールはフェンス手前で中堅手のグラブに収まった。斎藤がペースをつかむ前に失点していれば試合展開は変わっていた。2~6打席目は四球、一ゴロ、空振り三振、死球、送りバント。2死四球と明らかに神経を使っている。そして最後の7打席目は1-1の延長十五回2死、初球を観客がどよめく147㌔の直球。慎重な投球から一転、思い切の良い投球で名シーンになる。斎藤は「ここで終われない。振り絞るイメージ。最終回にそういう力が出ちゃうのは不思議ですよね」。高校卒業後も普段以上の力を引き出してくれた甲子園という舞台の特異性を語っていた右腕の全身全霊の球。最後はフォークで空振り三振に仕留め、早稲田実のこの試合の負けを無くした。斎藤は「九回から毎回毎回、最終回ですから気持ちが折れそうになるのを必死にこらえた。これほど最高の結果はないと思えた」。結局、再試合でも本間篤史に安打を許していない。2試合、計11打席で8打数無安打、2四死球、1犠打で4番の役割をさせなかった。
折れそうな心 仲間信じて耐えた2日で24回戦い抜く 早大で東京六大学史上6人目の通算30勝300奪三振を記録し、日本ハムに入団した斎藤。プロの壁にもがく30歳が高校野球を振り返る言葉として選んだのは、「仲間」だった。「仲間を信じてプレーできました」1試合目の八回、三木悠也に先制ソロ本塁打を許し、「少し焦った」・ただ、「うちの打線ならすぐに取り返してくると思った」とすぐに気持ちを立て直している。直後の攻撃で絵垣皓次朗の二塁打などのあと後藤貴司の義飛で同点に追いついた。延長十一回1死満塁の場面は、捕手の白川英聖を信じた。駒大苫小牧がスクイズを仕掛けてきたのが分かると、とっさにワンバンドさせる投球で空振りさせた。この投球は白川が止めてくれると思わなければ投げられない。
再試合では打線が斎藤を援護した。先制打は1試合目で無安打だった舟橋悠が一回に放った。1点リードの六回は白川が田中の直球を狙い打って3点目。七回は後藤が適時打を放った。九回に2点を返されて4-3になっただけに、どれも欠かせない得点だ。2日間で24回を戦い抜き、早稲田実は88回目の夏で初めて深紅の大優勝旗を手にした。舟橋は優勝した要因を三つ挙げた。3年生の主力のほとんどが次男だということ。「『チーム次男』。兄や姉がいて、基本的に負けず嫌い」。さらに下級生から応援される先輩でいること。そして一番の要因は「斎藤がいたことですね」。
「強打の東京」30年で5度V 東京勢はここ30年の全国選手権大会で5度優勝している。帝京と日大三が2度ずつ、早稲田実が1度。この間で最初の71回大会(1989年)の帝京は、2回大会(16年)の慶応普通部、58回大会(76年)の桜美林に次いで3度目の優勝だった。「強打の東京」というイメージは帝京が初優勝したころから始まった。帝京はエースで4番の吉岡雄二(日本ハムコーチ)を中心に力強いスイングを見せた。筋力トレーニングにほか水泳を取り入れ、体を大きくした。背景には早くから筋力トレーニングを取り入れた池田(徳島)の存在がある。83年の選抜1回戦で帝京は池田に0-11で敗れた。前田三夫監督は「エース伊東昭光(元ヤクルト)で80年の選抜は準優勝して、自信を持って臨んだ。だけど池田はすごかった。私は足技が好きだったが打撃を強化しないといけないと思った」と振り返る。69回大会(87年)は好投手の芝草宇宙(元日本ハム)を擁して準優勝に進んだが、立浪和義(元中日)らのいた春夏連覇のPL学園(大阪)に敗れた。以前の東京の野球は投手中心だった。前田監督は「早稲田実や東京を4連覇(68~71年)した日大一など日大系が東京をリードしていた。打撃うんぬんではなかった」と話す。早稲田実には甲子園5大会出場の荒木大輔(日本ハム2軍監督)、さかのぼれば高校時代は投手だった王貞治(ソフトバンク会長)がいた。
その早稲田実も92年に和泉実監督が就任し、打撃にも力を入れる。95年の東東京大会決勝は帝京に13-15と打ち負けた。その帝京が全国制覇を果たした。88回大会で斎藤佑樹(日本ハム)を援護した打線も得点力があった。近年では清宮幸太郎(日本ハム)が出たことで、さらに強打の印象を強くしている。
打で強烈な印象を放ったのが日大三だ。「10-0で勝つ」をモットーとする小倉全由監督のもと、83回大会(2001年)の都築克幸(元中日)、内田和也(元ヤクルト)、原島正光らの打線はチーム打率4割2分7厘、7本塁打、50得点と圧倒的なパワーを見せて優勝。2度目の優勝を飾った93回大会(11年)も3割9分3厘、6本塁打、61得点。打線には横尾俊建(日本ハム)や高山俊(阪神)が並んだ。
プロの指導者では、井口忠仁(現在は資仁、ロッテ監督)が国学院久我山で、井端弘和(巨人コーチ)が堀越で選手権に出た。帝京の山崎康晃(DeNA)は91回大会で登板し、関東一のオコエ瑠偉(楽天)は群を抜く脚力で観客を驚かせた。甲子園の舞台は踏めなかったが、安田学園の阿部慎之助(巨人)、堀越の岩隈久志(マリナーズ)、二松学舎大付の鈴木誠也(広島)らもいる。 (板名信行)

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