7月29日 原発ゼロをたどって1

朝日新聞2018年7月24日夕刊2面:終わりじゃない、これからだ 聴衆の傘に雪が積もっていた。元首相の小泉純一郎(76)はその光景を忘れない。2014年2月8日夜。元首相・細川護熙(80)と挑んだ都知事選の選挙戦最終日は記録的な大雪だった。JR新宿駅前で選挙カーの上に立つと、聴衆の傘が雪でみな真っ白だった。待ってくれていたんだー。翌9日の投開票で、細川の得票は、当選した舛添要一の約211万票に遠く及ばず、次点の宇都宮健児の約98万票をも下回る約96万票だった。同日夜の会見で、細川は小泉から寄せられたファクスを読み上げた。「細川さんの奮闘に敬意を表します。これからも『原発ゼロ』の国造り目指して微力ですが努力を続けてまいります・・」
小泉は今回、朝日新聞のインタビューに、その時の気持ちをこう語った。「そら、みろと。原発は争点にならなかった、これで小泉・細川も『原発ゼロ』運動をやめるだろう、という声が入ってきた。それへの反発の気持ちもあった。終わったんじゃない、これから始まるという意欲を示したいとファクスを送ったんだよ」。やめるつもりはさらさらなかった。そんな小泉に熱い思いを抱いたのが、全国の原発差し止め訴訟にかかわる弁護士の河合弘之(70)だ。今までの反原発運動は主に左翼が担ってきたが、この運動には保守層も引っ張り込まないと実らない。だからこそ、小泉と組まねば。河合はそう思い定めた。
もっとも、小泉に近づくツテがない。あの手この手、なんでも探った。すがりついたのは、小泉と河合という2人の「闘士」をそれぞれ本に描いた作家・大下英治(74)だった。大下が間に立って15年6月、ようやく杯を交わすことができた。「胸襟をひらいて話し合って、すぐに肝胆相照らした」と河合。河合は懇意になった小泉に相談を持ちかけた。原発を進める大手電力は電気事業連合会(電事連)という組織のもとに団結している。なのに、脱原発や再生エネルギーの組織は全国でばらばら。「こちらも団結しないといけないのでは?」。
河合がそう問いかけると、小泉は「いいね、やろうよ」。そうして17年4月の「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」の結成にいたる。その準備段階。組織名を決めるにあたって、ちょっとしたエピソードがある。河合は小泉に尋ねた。「名称は『脱原発・自然エネルギー推進連盟』でいいですかね」。これに小泉は「いや。『原発ゼロ』を言ったらいいんだよ」。河合は思った。「『脱原発』だと略称は『脱自連』になって、どうもゴロが悪い。『原発ゼロ』なら、略称は『原自連』こりゃ、おもしろい」 出来すぎの話に聞こえるが、こうして河合が講演するとき、笑いを取る決めぜりふができた。「電事連対原自連。原発を推進しているのは電事連。僕らは原自連です」 それにしても、小泉はなぜ「原発ゼロ」という言葉にこだわるのか。 =敬称略 (小森敦司)

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