7月27日 がばい旋風 君たちも

朝日新聞2018年7月23日35面:佐賀北の3人、指導者に ②教える育む 2007年夏に「がばい旋風」を巻き起こして全国制覇した佐賀北。当時ベンチにいた3人がいま高校野球の指導者になっている。佐賀大会開幕前の週末。唐津工のグラウンドで、保健体育教諭で副部長の副島浩史(29)が部員らに語りかけた。「今日は腹いっぱい練習ができると思います。元気よく明るくやりましょう」レギュラー約20人は練習試合に出かけた。最後の夏を迎えた3年生5人を含む17人の居残り組。「元気よくぞー」「絶対うてるぞー」。副島は大声を出した。裏方仕事が多い部員に、レギュラーが普段周囲からかけられる言葉をかけ、楽しさを感じてもらいたかった。副島はあの夏の決勝で広陵(広島)から逆転満塁本塁打を放ち、公立校11年ぶりの優勝に導いた。甲子園1勝が目標だったチームが、引き分け再試合を含む七つの試合ごとに成長したと言われた。
副島は福岡大進学後、銀行に入った。だが1年目の12年夏、甲子園に出た母校を応援しに行くと、グラウンドに戻りたい思いが抑えきれなくなった。唐津工で今春、教諭になるまでの3年間は講師として特別支援学校に勤めた。障害のある子との接し方がわからず、泣かせてしまうことも。「信頼関係を作りたい」と、自宅からグラブを持ち出して休み時間にキャッチボールをすると、「先生、私も入れて」と子どもらが集まってきた。「楽しんでもらうことが大事だ」と思った。
かつては「野球は厳しいもの。監督の言うことを聞くもの」とイメージしていたが、優勝時には指導者と選手の間に信頼関係があったと思う。「今の子たちは『甲子園なんて無理』とすぐ諦めてしまいがち。チームを信じ、自分を信じる力が、その逆転弾を生んだ。そうした体験を楽しみながら伝えたい」と副島は話す。
あの夏を胸に 記録員だった真崎貴史(29)は昨年春、杵島商(佐賀県大町町)の教諭になり、その秋から監督に就いた。高1の時に股関節を痛めてマネジャーを自ら志願。練習の準備やノック、対戦相手の分析などをし、甲子園で胴上げされた。その経験をへて、生徒には「部活を通じ、自分に何ができるかを考え、自信をつけて社会に出てほしい」と願う。杵島商は今夏、佐賀大会初戦で逆転負けしたが、主将を務めた橋本直弥(3年)は「他人のために働く大切さを学んだ」と語った。優勝時のエース久保貴大(29)は16年春、母校の佐賀北の教諭になった。「勉強や家での生活でも努力できる生徒に」と部員を指導してきた。今年、監督として初めての夏。自身は一度も負けない夏を経験したが、初戦敗退。泣き崩れる後輩らに「伝統の粘りを見せてくれてありがとう」と涙をこらえて話した。
交換日誌の絆 3人はいま、それぞれの部員と交換日誌をしている。佐賀北時代に監督らとやりとりしていたのを受け継いだ。真崎は「監督や部長と本音を言い合うことで信頼が生まれる」と自身の経験を重ねて話す。県内の若手指導者に研修をすることもある佐賀北の当時の野球部長で県高野連理事長の吉富寿泰(51)は「あの3年間で得たものを将来ある球児たちに引き継いでほしい」と期待する。副島がいる唐津工は20日、佐賀北を破った有田工と4強をかけて対戦。2対4で敗れた。副島は涙が止まらない主将の鶴佳吾(3年)の頭をなでた。鶴は「先生が言った通り、最後まで全力で笑顔で戦い抜けたと思う」と話した。副島は「選手とともに成長し、勝つ喜びや野球の楽しさを分かち合える指導者」を目指している。 =敬称略 (高橋大作、五十嵐聖士郎)

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