7月26日 新聞を読んで 藤巻光浩

東京新聞2018年7月22日5面:書き言葉の間口を広げて 新聞を避け、ネット言葉や芸人言葉を駆使するデジタルネーティブの大学生に日々、囲まれていると、新聞が書き言葉の分化の中にあることを改めて実感する。漢字を駆使してスペースを節約し、校閲部が言葉の誤りがないか目を光らせているが、朝刊メトロポリタン面の連載「知りたいコトバ」でもわかる。7月11日朝刊発言面の投稿「ミラー」は、新聞の書き言葉文化に苦言を呈した。麻生太郎副総理の「新聞を読まない若い人は自民党支持」という発言に反応し、若者の新聞離れの原因を新聞の側に求めた。読者層を広げるため、短い文章でも誰にでもわかりやすく、倫理の通った文章にするよう提案。文筆業の方だ。書き言葉文化の内側からの提言であることに意義がある。
同日のメトロポリタン面「学校と新聞」欄は、読者部デスクが小学校へ赴き、記事の書き方を伝授したことを報じた。小学生に「できるだけ・・分かりやすく、短い文で」「大事なことを最初に」「見出しは一番大切なことの要約」と、未来の読者となる子供たちに説いた。やはり、新聞は読みやすさが身上だ。
私は斎藤美奈子氏の「本音のコラム」(朝刊特報面)の日本語のファンだ。飛び石をぴょんぴょんと渡っていくような軽快さが楽しい。書き言葉の厳格さや鈍重さを意図的に避けている。例えば「サラマンダーはしかし、全国で唯一、愛知県・・にしか配備されていない。・・んもう全国に十台くらい置いとけよ」(11日)と書く。話し言葉だが、論旨は明確だ(しかも痛快)。出前の投稿に「中学生にもわかる言葉・文章を心掛ける」という提案もあった。先日、近所で雑談していた時、「子供が購読している小学生新聞が私にはちょうどいい」と言う方がいた。その場にいた全員が大きくうなずいた。一方、新聞は「難しいから面白い」(4日メトロポリタン面「学校と新聞」)と考える人もいる。小中学校のNIE(教育に新聞を)担任教諭の研修会で出た意見だが、それは新聞に慣れ親しんだ人たちの意見でしかない。平易な言葉で書かれた記事でも、他の教諭が話したように「深い話ができた」のではないか。書き言葉の文化はデジタル文字の席巻で大きな変化にされされている。「いまや世界のEmoji」(6月27日T発)は、日本発の絵文字は漢字は似ているという考察も紹介し、絵文字と漢字の境界線が決壊してしまうかもしれない予兆も暗示していた。実際、絵文字はパソコンの日本語変換ソフトにすでに入っている。
新聞が書き言葉の文化を牽引してきたことは疑いようもないが、間口を少し広げてもいいのかなと感じている。読者を増やし、副総理にあんな発言をさせないために。(フェリス女学院大教授)*この批評は最終版を基にしています。

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