7月25日てんでんこ 九州豪雨「5」新しい川

朝日新聞2018年7月21日3面:「家ごと流されるとは誰も思っていなかった」。5年前の経験に引っ張られた。 豪雨から一夜明けた2017年7月6日朝、福岡県朝倉市杷木田地区で、林隆信(68)は変わり果てた風景を前にぼうぜんとしていた。集落を貫く赤谷川に押し寄せた濁流が、蛇行した川筋を無視して、住宅と田畑を一直線に押し流していた。新しい川が出来ていたのだ。前日夜、赤谷川の水位が下がっていた理由が、ようやく分かった。
ピーク時の流量は推計で毎秒520㌧、川が流せる量をはるかに超えていた。あふれた流木や土砂が集落を埋め尽くしていた。林と一緒に避難を呼びかけていた時川知親(74)の自宅は、新しい川の流れにのまれていた。1㌔下流で玄関の一部が見つかったほかは、跡形もなくなった。東林田地区では、土砂が流れ込んだ家屋は約30軒に及び、時川の自宅を合わせて4軒の家が流失した。そのうち1軒では一家3人が犠牲になった。親族の非難の呼びかけを断って自宅にとどまり、家ごと流されたとみられている。川から東に50㍍ほど離れていたため、林は避難を呼びかけていなかった。
12年の九州北部豪雨があったからこそ、早めに非難を呼びかけることができた。ただ、12年は家が流されるほどの被害はでなかった。「5年前の経験に引っ張られた部分はあるかもしれない。家ごと流されるとは、誰も思っていなかった」。赤谷川の源流に近い朝倉市山間部の24時間雨量は829㍉。7月の平均雨量を超える量の雨が1日で降った。九州大准教授の田井明(37)が17年の豪雨の死者・行方不明41人の被災状況を調べたところ、濁流に家ごと流されるなど自宅にいて被害にあった人が7割を超えていた。「自宅にいた方が安全」と判断したとみられる。
生き延びた人々は生活を立て直すために奮闘した。元区長の林清一(70)は、豪雨の直後から独自に、地区の公民館に復旧作業の拠点を立ち上げた。行方不明者を捜す自衛隊に休憩場所を提供したり、住宅の泥をかき出すボランティアを受け入れたりした。ただ、復興には多くの時間と金がかかる。5年前に支援に入ってもらった縁がある九州大教授の島谷幸宏(62)に助けを求めた。「川が二つになった。先生、見に来てくれ」 (竹野内崇宏)

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