7月22日 小泉 小沢「宿敵」が握手

東京新聞2018年7月18日24面:同い年・同大卒 出世・政権で長年の争い 2人のベテラン政治家の握手が話題を呼んでいる。15日に都内で行われた小沢一郎・自由党共同代表の政治塾に、小泉純一郎元首相が登場して「脱原発」で一致。その後2時間にもわたって会食した。平成の30年間をほぼ宿敵として過ごした2人が、今接近した背景とは。十五夜の政治塾に登壇した小泉氏は、「敵味方はしょちゅう入れ替わる。小沢さんとは敵になったり、味方になったりだが、わだかまりはない。だから来た」と語った上で、「原発はただちにゼロにしなければならない」と訴えた。
小沢氏側の関係者によると、講演会とその後の会食で、小泉氏は「原発を推進してきた自民党の元国会議員で『あれは誤りだった』と明確に謝罪したのは二人しかいない。自分と小沢氏だけだ」「官僚が実態と全く、異なる情報を上げてきて、それを信じてしまった。事前に知っていたら、原発を推進していなかった」などとも語ったという。小泉氏登場のきっかけは、6月の新潟県知事選だった。脱原発系市民団体が開いた小泉氏の講演会に来た野党系候補を、小泉氏が激励したことという。小沢氏の関係者は語る。「それを縁にさまざまなルートで接触して小泉氏側の了解を得た。現職国会議員が『あり得ないことが起きた』と興奮していた」こう周囲が驚くほど、二人は宿敵として政界を歩んできた。政治ジャーナリストの角谷浩一氏は「小沢氏の師は田中角栄、小泉氏の師は福田赳夫。いずれも首相経験者で『角福戦争』という党内抗争を繰り広げた。その直近にいた二人が相いれない立場なのは当たり前」と指摘する。
同じ慶応大学経済学部卒の76歳同士ながら、小沢氏の方が衆院議員となったのは一期早い。角栄氏の秘蔵っ子として早くから抜てきされ、出世街道をひた走った。1989年、47歳で自民党幹事長の座を射止めた。一方、小泉氏はこの時、幹事長に仕える党全国組織委員長で「その差は歴然としていた」(角谷氏)。圧倒的な竹下派・経世会支配に反抗した小泉氏は、山崎拓、加藤紘一の両氏とともにYKKトリオを結成。経世会支配打破を唱えた。
政治アナリストの伊藤惇夫氏は「小沢氏が小選挙区制への選挙制度改革を党内で進めていたとき、中選挙区制論者の小泉氏が痛烈に批判していたのを覚えている」と振り返る。1993年に小沢氏が離党し、非自民党連立政権を誕生させ以降、小沢氏は自民党の外からの「壊し屋」として活動し、2009年に民主党政権で二度目の政権交代を果たした。一方、小泉氏は01年に「自民党をぶっ壊す」と訴え、下馬評を覆して首相就任。05年の郵政解散総選挙では、かつて反対した小選挙区制を生かし、小沢氏らの民主党に圧勝した。
こんなライバル史がありながら、この期に及んで握手した二人。今後、どうなっていくのか。角谷氏は「ここのところ、自民党の有力OB議員が安倍一強体制に批判的になっている。その一環とも言えるだろう」と語る。一方、伊藤氏は「小沢氏は『政局の人』。脱原発も政権交代のための仕掛けではないか。小泉氏の脱原発は本気だろうが永田町への影響力は低い。ただ、人気抜群の息子・進次郎衆議院議員はカギになるだろう」とみる。出前の小沢氏関係者はこう明かした。「小泉氏はやや慎重な物言いだったが、こうも言った。『政界、一寸先は闇だからね』と。何が起きるかは分からないが期待感は持っている」 (大村歩)

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