7月20日 未来ノート 野球 菊池雄星

朝日新聞2018年7月15日13面:松坂みたい 小学2年 速い球へ憧れ 1991年6月、菊池雄星は盛岡市で菊池家の4人きょうだいの3番目として生まれた。体重約4200㌘の大きな子。五つ上の兄が北斗七星にちなんで雄斗、三つ上の姉は南十字星からとって美南。3人目も星にちなんだ名前から「雄星」と名付けられた。やんちゃで、物心ついた時から徒歩や自転車で1人で遠くへ遊びにいった。父の雄治さん(58)も母の加寿子さん(58)も3度目の子育てで「命に危険が及ぶようなこと以外は好きにしていい」と余裕もあった。「サッカーをやりたい」。小学1年で突然言いだした雄星に両親は慌てた。兄が野球、姉はバレーボールをやっており、その上にサッカーとなれば送り迎えや応援はできない。すぐにスポーツ用品店に連れて行き、「野球にしかないよ」とグラブとバットを渡した。
こうして野球を始めた雄星が最初に憧れたのは、松坂大輔(現中日)。小学2年、8歳の誕生日には「大きくなったら、まつざかみたいに155㌔をなげたい」と書いた。「球が速ければかっこいいと思っていた」。小学3年で野球チーム「見前タイガース」に入った。野球と出会う前から、ピアノや習字、器械体操、水泳など様々な習い事もやった。中でも、経験者の雄治さんがコーチを務めたバレーボールには熱心に取り組んだ。野球の練習が終わると、雄治さんが先に行っている4.5㌔離れたバレーの練習場へ「野球道具を背負って、笑顔で走ってきた」。
だが学年が上がるにつれて、両立が難しくなった。野球の大会に途中まで出て、車中で着替えて午後はバレーの大会に参加することもあった。「『自分は一日中野球にいたいのに』と泣きながら着替えて行ったこともあった」。加寿子さんも悩む息子の姿を覚えている。小学5年の5月、バレーボールの練習帰りだった。車の中で、父に本音を伝えた。「野球に専念したい」(大阪尚子)

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