7月17日 日本人の源流をたどる海のみち(台湾、沖縄県)

朝日新聞2018年7月14日be6面:行く手阻む黒潮の急流 日本最西端の沖縄・与那国島の西にある台湾。空の青さが目にしみる6月4日の朝、釣りの名所、鳥石鼻の浜からちっぽけな竹舟が大海原へと漕ぎ出した。舟は先住民族アミ族の筏作りの技術を取り入れ、竹7本を籐で束ねてつくった。漕ぎ手は5人。気温は30度を超え、櫂で漕ぎ始めたばかりというのにシャツの背中は汗でぐっしょりだ。岩場の釣りを楽しむ人々から好奇の視線を浴びながら、いざ黒潮奔流へー。私たちの祖先は3万年前、海を越えて日本へやって来たとされる。どうやってたどり着いたのか。
その謎に、古代舟を復元し、実際に航海して迫ろうという試みが、与那国島と、国境をはさんだ台湾を舞台に続いている。その名も「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」。代表を務める国立科学博物館人類研究部(茨城県つくば市)の海部陽介さん(49)の呼びかけに、ロマンを感じた冒険家、海洋民族学者ら各分野のエキスパートが応じ、2016年、一大チームができた。
当時の地形から想定される日本への経路は三つ。朝鮮半島から対馬を経て九州に渡るルート、シベリアから陸続きだった北海道に入るルート、そして、チームが挑んでいるのは台湾から琉球列島(南西諸島)を北上するルートだ。沖縄ルートに着目するには理由がある。琉球列島では近年、2万7千年前の人骨が石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡で見つかり、沖縄本島のサキタリ洞遺跡では2万3千年前の貝製の世界最古の釣り針が確認された。旧石器時代の新たな発見が相次いでいる。「3万年ほど前の琉球列島に今の人類、ホモ・サピエンスが到達していた。当時の海面は現在よりも80㍍も低く、台湾はユーラシア大陸と陸続きだった。人類は、この台湾を足場に与那国島、石垣島・・と島伝いに海を渡って北上してきたんです」と海部さん。
沖縄ルートの与那国島と台湾との間にはしかし、黒潮という強大な海の流れが、行く手を阻んでいる。海部さんは「祖先が古代の舟で、流れの強い黒潮を台湾側から与那国島側へと横切るには相当な困難が伴ったはず。卓上で地図を眺めていても分からない。どうやって乗り越えたのかを検証して、実感したかった」と話す。
とは言え、旧石器時代以前の舟はどの遺跡からも出土しておらず、材料も形態も分からない。だが、航海をした形跡は残っているという。メンバーの一員で、『黒潮を渡った黒曜石』の著書で考古学者の池谷信之さん(59)は「ナイフとして重宝された伊豆七島の神津島産の遺跡から大量に出土している。同時代すでに島と往来する航海技術があったことは明らか」と話す。
当時、舟の材料となった可能性があるのは、草、竹、木のいずれか。手始めに、与那国島のメンバーを中心に、嶋の湿地に自生するヒメガマをトウツルモドキで束ねて草舟を作り、与那国島ー西表島間で、試験航海を始めるなどそれぞれの可能性を探ってきた。台湾からの試験航海は昨年に続くもので、重く速度不足だった前回の竹舟の改良版を使った。主な目的は走行テストと漕ぎ手のトレーニング。黒潮本流にたどり着いたものの、波が高く、風向きがひんぱんに変わる悪天候に見舞われ、満足な舵取りができなかったという。「成否は天候に大きく左右される」と海部さん。GPS(全地球測位システム)はもちろん、羅針盤も天気予報も発明されていない旧石器時代。舟とともに航海の成功のカギを握るのは、ひとえに航海者としての力量だ。プロジェクトに加わった仲間には、力強い父娘の姿があった。
肌で感じる「渡航人の血」 「人類が初めて海に進出した時代に、私たちの祖先も航海に成功していたはずだ。その検証のために力を貸してほしい」。シーカヤックの第一人者で海洋ジャーナリストの内田正洋さん(62)に、海部さんからそんな声がかかったのは、今から6年前だ。内田さんは、シーカヤックの航海経験が豊富で、17年前には台湾ー与那国島ルートを航海した。黒潮を渡る難しさを身をもって知る一人だ。
この付近の黒潮の平均速度は2~3㌩前後(秒速約1~1.5㍍強)で、人が普通に歩くか早足で歩く速さ。急流の黒潮を渡るには、どんな困難が待ち受けているのか。「広大な海のベルトコンベヤーに乗ったような感じ。川のような流れも感じないし、陸地が見えなければ自分が流されいる感覚さえない。舟で横切るには、黒潮の流れに負けないスピードが必要です」と内田さん。
高度な技術をと緻密な準備も不可欠だ。「黒潮を横切るには、へさきを島に向けても流されて着けない。カヤックで川を横断する『フェリーグライド』という走法で、黒潮と垂直か、むしろ黒潮が流れてくる方向に進むことで、流されながらも徐々に島に近づけていく。その舵取りが難しい」。夏は海水温が30度近くに上がるため、「灼熱地獄にいるかのようになる。熱中症対策も大切だ」。さらに重要なのがナビゲーション。島影を肉眼で見つけるには半径50㌔以内に近づかないと難しい。望遠鏡もコンパスも使わずに、見つけ出す役割を担うのが、内田さんの長女で、ハワイで伝統航海術を学び、ポリネシア航海協会に所属し、古代式カヌーの世界航海クルーにも抜擢された沙希さん(28)だ。
伝統航海術は、自然の動きを目印にする。太陽の高さ、星の動き、雲の具合、うねりの方向、風の向き、海水の色・・。その微妙な変化で、自分がどこにいて、陸地がどの方向にあるのかを察知する。「雲の形で陸の有無がわかり、鳥はレーダーの役割を担ってくれることも。古代の航海者のように自然に力に舟を導ければ」と沙希さんは話す。6月の試験航海を含め、これまでの草舟や竹舟では思うような速度が出なかった。推進力があって舵も操れ、黒潮を渡りきれる可能性が高いのが丸木舟だ。しかし、大木を切り倒す斧やくりぬく鑿といった道具がなければ、丸木舟は作れない。そこでチームが注目しているのが、日本の旧石器時代の遺跡から見つかった木を切り倒せ、木をくりぬくこともできる刃部磨製石斧の存在だ。この石器の模型を使って、すでに杉の大木を切り出し、現在、丸木舟を制作中だ。ただ、これらの石器は台湾やユーラシア大陸で見つかっていないのがネックだという。
「この道具をもっていた人類しか、沖縄ルートで日本に渡ることができなかったとすれば、海を渡る前の台湾や大陸で今後、同様の石器が見つかってもおかしくない」と海部さんは期待する。来夏に予定される本番の航海に使う舟は、慎重に検討して、選ぶことになる。沙希さんはつぶやいた。「島にたどり着くことだけが成功とは思えない。舟を一から手作りして海を渡る挑戦を通して、『航海人の血をひいている』『彼らがいて今の私たちがいる』と感じる自分が、間違いなくいるのです」 (進藤健一)

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