7月14日 白球の世紀126

朝日新聞2018年7月10日夕刊10面:今はなきユニホーム 1999(平成11)年の富山大会で強豪の高岡商に52点を奪われた有磯の4番、長治孝一(35)は、コールド目前の五回2死満塁から適時打で3点を返した。しかし反撃はここまで。3-52の大量点差で敗れた。長治は現在、高校があった氷見市の実家から隣の高岡市の工場に勤める。「富山大会記録の大量得点で負けた恥ずかしさはあるけれど、奪った3点は俺が打ったと話題にしている」
先発投手の栗崇行(35)は途中降板を監督に拒まれ、登板した初回に14失点。「3年間努力を重ねた高岡商と、中途半端な自分の練習の差が出た。どん底に落とされ悔しかったけど、一生懸命努力して準備することの大切さを知った」と話す。翌年以降も有磯は富山大会で勝ち星に恵まれず、少子化に伴い2010年度に氷見高校と統合。有磯の建物は市庁舎として使われ、市内の公立校は1校だけになった。
有磯はかつて富山大会8強に進んだこともあった。有磯の最後の監督で、水産加工会社長の堀野泰治(59)は1976年の8強メンバー。当時、一学年の生徒は統合前の倍の200人ほどいたという。「今は地元の小中学生を指導しているが、有望な選手の多くは遠い強豪校に進む。有磯のユニホームもなくなり、地元としては寂しい」と嘆く。
栗は卒業後、東京の調理師学校に進み、高岡市内でラーメン店を開く。目の前のJR新高岡駅は新幹線の停車駅。利便性向上や観光客流入につながる北陸新幹線建設を県も後押ししていた。2015年の開通後、栗の店の客は2割ほど増え、200杯近く売れる日もあるという。厨房に立つ栗は、来店する球児を見ると声をかけたくなる。高岡商の部員が来た時は、「高岡商が昔、52対3で勝った試合があったやろ。その時の相手校のエースが俺で、高商の強さを証明してあげたんや」と笑いを誘った。最近来た氷見高の部員にはこんな言葉をかけた。「どんな時も俺みたいに逃げたらあかんぞ」 (五十嵐聖士郎)

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