7月11日 オトナになった女子たちへ 益田ミリ

朝日新聞2018年7月6日29面:疲れ果ててナポリタン ナポリタンが食べたい。なぜか無性に食べたい。めちゃくちゃ食べたい。そう思いながら歩いていたら、洋食屋さんらしき外観の店が前方に見えてきた。前のめりになって進めば、ショーケースに、堂々、ナポリタンのサンプル。時刻は、平日の午後4時すぎ。客はまばらだった。窓辺のカウンター席に座る。水を持ってきてきれた店員さんが、「お決まりになりましたら‥」と、言っている最中に、「あ、ナポリタンお願いします」かぶせるように注文した。自分の手のひらをながめながら、ただ、ナポリタンを待った。
わたしは心身ともに疲れていた。10階段でいうところの、9くらい疲れていた。オトナの世界には、人前で疲れた顔ができる人と、できない人がいる。わたしはできない。疲れた顔ができる人を前にオロオロし、ますます疲れる派だ。この派閥、ここ日本において、かなり大きなものなのではあるまいか。ナポリタンを待っているわたしの様子は、相当、暗かったと思う。スマホの世である。店に入って席に着き、ただ自分の手のひらを見ているだけの人は、まずいない。
というか、スマホやパソコンがない時代、人って案外、自分の手をよく見ていたのではないだろうか? しばらくして、湯気を立ててナポリタンがやってきた。フォークでクルクルやってパクリと頬張る。甘酸っぱいトマト味が、じわーっと口の中に広がった。「おいしいね~」と、自分自身に言う(頭の中で)。途中、粉チーズとタバスコをたっぷりかけ、わさわさ食べた。最後に紙ナプキンで口のまわりをふくと、気持ちがいいほどのオレンジ色。これを額縁に入れて飾るとするなら、タイトルは、「疲れ、ちょっと取れた」以外ない気がした。一緒に口紅もすっかり取れたけど、塗りなおさずに店を出た。(イラストレーター)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

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