6月28日 誰に謝罪しているの?

東京新聞2018年6月23日24面:過去にも閉め出し、逆ギレ、号泣 大阪北部地震翌日の今月19日、学校法人「加計学園」の加計孝太郎理事長が地元の記者クラブ加盟社に限定し、突然開いた謝罪会見。そのミエミエの意図に「姑息」などと非難が集まった。これまでも驚かされる記者会見はあった。今回のケースを過去の「ドンデモ会見」と比べてみるとー。 (安藤恭子)
加計氏のトンデモ会見 岡山市の学園本部であった加計氏の会見の通告は、開始のわずか2時間前。遠方から駆けつけ、間に合った記者も閉め出された。本紙を含め、メディア各社が1年以上前から会見を求めてきたのに、この仕打ちだ。出席した記者からも「なぜ、このタイミングで緊急会見か」と質問が出た。
加計氏は「私も含めた処分があり、その報告ということで開いた」と釈明し、あらためて会見を設定するよう求められると「検討させていただきます」。途中から「もう、もう‥」と司会者に打ち切りを促し、30分間の予定時間より5分早く会見場を立ち去った。よしもとクリエイティブ・エージェンシーの元専務で、35年にわたって芸人の謝罪会見に立ち会い、「謝罪マスター」を名乗る竹中氏功は「地震とサッカー日本代表の試合が重なったのは、誰がもが知っていること。日にちを狙ってやったならば卑怯。会見を開いたという既成事実が欲しかっただけだろう」と語る。
もっとも記者は昔から嫌がられてきた。閉め出し会見で有名なのは1972年、退陣を表明した際の故佐藤栄作首相だ。「偏見的な新聞は大嫌いだ。帰ってください」と述べた。記者団は「テレビ、新聞を分けることは許せない」と抗議し退場。首相はがらんとした会場で一人、テレビカメラに向かって話した。
記者を嫌がった結果、炎上する事態に油を注いだケースもある。2000年の旧雪印乳業の集団食中毒事件で、当時の社長が会見後、記者団に追われ「私は寝てないんだ」と怒鳴った。「こっちだって寝ていない」と記者に言い返される場面が繰り返しテレビで流され、雪印ブランドは失墜、グループは解体した。
会見者の印象が強く「時の人」となるケースもあった。07年に牛肉などの産地偽装や料理の使い回しが発覚し、その後、廃業した大阪市の高級料亭「船場吉兆」のケースがされだった。会見で窮した長男に「頭が真っ白になった(と言いなさい)」などと「模範解答」を指示する女将の声がマイクに拾われ、「ささやき女将」と話題になった。14年、政務活動費で不透明な支出を指摘され「この日本‥うっう、あ~っ、世の中を変えたい」と、会見で号泣した野々村竜太郎 ・元兵庫県議も注目を浴びた。会見後、県や県議会に「泣けばいいというもんじゃない」などと抗議の電話やメールが相次いだ。野々村氏については、詐欺罪などで執行猶予付の有罪判決が確定している。
これらの会見に共通するのは「自分が悪いと思っておらず、誰が、誰に、何を謝罪しているのかが分からないこと」(出前の竹中氏)。日大アメフト部の内田正人前監督や麻生太郎財務相の会見がこれに当たるとし、加計氏の場合も「国レベルの問題に発展しているのに、部下の責任に押し込めて、疑問に答えていない。真っ先にすべき愛媛県への直接謝罪もまだで、順番が違う」と指摘する。
「今の政治家と同じで、『時がたてば忘れる』と思っているかもしれない。だが、国民もネット中継で会見を共有できる時代だ。その場はしのげても、疑惑は晴れない。学園の信頼回復を考えれば、やるべきことはおのずと見えてくるものではないですか」

 

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