6月22日 明治維新に「黒糖地獄」の影

朝日新聞2018年6月17日31面:NHK「西郷どん」描いた意義 NHK大河ドラマ「西郷どん」は、西郷隆盛が流された奄美大島を舞台にしたエピソードを4周かけて描いた。今後も沖永良部島など奄美の島々が登場する。西郷が目にしたのは、サトウキビ栽培を強制されて薩摩藩に収奪される島民たちだ。明治維新から150年のいま、「黒糖地獄」とまで称された植民地的圧政を描く意義とは。奄美大島の暮らしが始まった放送回で話題になったのは、現地の言葉をすべて字幕で解説したことだ。「異世界に来た感じを出した」と制作統括の桜井賢さんは語る。薩摩藩は17世紀初頭に武力で奄美を支配下に置いた。それまでは琉球王国のもとにあり、鈴木亮平が演じる西郷も当初は入れ墨など異文化に嫌悪感を示す。
高値で取引される奄美の砂糖は、藩の屋台骨を支えた。砂糖で年貢が割り当てられ、余っても自由に売れなかった。貨幣の流通を禁じ、薩摩からの米や日用品と不平等な歩合で交換された。サトウキビ畑の拡張でモノカルチャーに陥り、食糧難にあえいだ。借金を返せない債務奴隷が多数生まれた。「薩摩の殿様や役人が湯水のように銭を使うから、この島は砂糖の地獄になった」。劇中では、二階堂ふみが演じ、西郷の妻となる愛加那がそう叫弾する。西洋技術の導入など開明派として知られ、維新の原動力にもなった薩摩藩主・島津斉彬だが、藩財政への負担は大きく、収奪は過酷さを増した。
10日の放送で藩に許されて帰還した西郷だが、この後に再び、徳之島と沖永良部島に流される。奄美の時代をじっくりと描くことについて、桜井さんは「底辺で苦しむ人々を目の当たりにして、新しい国のあり方に思いをはせる大切な時間だった」と言う。奄美の郷土史家、先田光演(さきだみつのぶ)さんによると、史実でも、島から戻った西郷は過酷な取り立てを批判して藩に改善策を上申している。ただ、西郷は奄美を救ったわけではない。維新後、明治政府は砂糖の自由売買の方針を打ち出すが、鹿児島県は専売を主張。県が保護する会社による収奪の構造は、西南戦争の後まで続く。西郷も士族の困窮を理由に、この施策に賛同する。陳情に訪れた島民が西南戦争に従軍させられて犠牲者も出た。先田さんは「西郷は島の人々と親しみ、苦しみに寄り添った。だが現実は変わらなかった」と言う。劇中で「亡き殿(斉彬)は一番に民のことを思って、国のためにどれだけ尽くされたか」といきり立つ西郷に、「私らは民のうちに入ってなかったんだ」と愛加那は涙する。日本の近代化の陰で苦しんだ奄美は、20世紀には米国統治も経験することになる。(宮本茂頼)

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