6月21日てんでんこ自然エネ100%「7」返還

朝日新聞2018年6月16日3面:石炭、原子力、太陽光。富岡町は首都圏へ電気を送り続けてきた。 新緑の中に見渡す限りの太陽光パネルが広がり、送電鉄塔が林立する。福島県富岡町の上手岡築。住民主体では世界最大級の太陽光発電所「富岡復興ソーラー」が3月、発電を始めた。東京ドーム7.5個分にあたるのうちに置かれた約11万枚のパネルの出力は約3万㌔ワットだ。発電開始の式典には、原発事故で被災した地権者や支援者らだけでなく、東京電力や日立製作所などの企業関係者も顔をそろえて完成を喜び合った。年間約4千万㌔ワット時と見積もる電力は当面、東電に売る。
発電所を運営するさくらソーラー社長の遠藤陽子(68)は、地権者を代表して「農地を守り、20年後に戻って来られる地域をつくる起爆剤にしたい」とあいさつした。だが、式典後、こう本音を漏らした。「事故を起こし、倍賞にもきちんと応じない東電には電気を売りたくない。それが地権者みんなの気持ち」。全町民約1万6千人が避難し、戻ってきたのはまだ660人程度だ。上手岡地区にはかつて鉄鉱石の鉱山があった。江戸時代末期には、たたら製鉄という手法で鉄を生産していた。発電所脇には、鉄功石を運ぶための軌道が敷かれていたという。
常磐炭田の北端に位置する町には、炭鉱も5ヵ所あった。戦中や戦後のエネルギー需要増に応えるため、石炭を山積みにした貨車が、ここから首都圏の電気をつくる火力発電所へと向かった。炭鉱が閉山された半世紀ほど前、新たな首都圏のエネルギーの担い手として町にやってきたのが原子力だった。いま太陽光パネルが広がる場所は、東電の福島第一原発と第二原発のほぼ中間に位置する。
富岡復興ソーラーが発電した電気は、2㌔ほど離れた東電の新福島変電所を通じて首都圏などへ送られる。原発が使っていた送電線がかすかに空いているからだ。廃炉となる原発は、第一と第二を合わせると10基に上る。出力の合計900万㌔ワットは、復興ソーラーの300倍だ。原発事故で空いた送電線に自然エネでつくった電気を流す。思いついたのは、福島県が「2040年自然エネ100%」を打ち出した直後、12年4月に県エネルギー課長になった佐々木秀三(56)である。
(石井徹)

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