6月21日 あしたのジョーの泪橋(東京都)

朝日新聞2018年6月16日be6面:貧困の叫び悲しく忘れない 毎週水曜午後7時。思い出すと、少しなみだ目になる。テレビアニメ「あしのジョー」が始まる時刻だった。小学生だったわたしたち男3人兄弟は、知り合いの長屋の茶の間に上がりこみ、すみっこでテレビを見させてもらった。実家は貧しく、テレビも風呂もエアコンもなかった。「まみだ橋を逆に渡るんや!ジョーよぉ!」子供心にそう記憶した、段平の叫びを、悲しく忘れない。
泪橋とは、東京・南千住に実在する地名。近くには山谷の”ドヤ街”がある。主人公の矢吹丈は、孤児の不良だったが、底辺からボクシングの世界でのし上がっていく。原作漫画は、こう始まる。「はなやかな東京のかたすみに(略)道ばたのほこりっぽいふきだまりのような(略)そんな街があるのをみなさんはごぞんじだろうか」連載を始める前、作者のちばてつやさんは、取材で山谷を歩いたという。「簡易宿泊所に泊まるつもりだった。顔の見えない小さな窓から宿帳を出され、書き込もうとしたら、突然、ぴしゃっと閉めるんだ」部屋はない、と追い出された。押し問答も無駄だった。「どこにも泊めてもらえなかった。土地の者じゃないと、手でばれたんだろうね」この街に、白い手の男はいない。みな、真っ黒に日焼けしたごつい指。漫画での段平のセリフは、正確にはこうだった。「この橋はなー、人呼んでなみだ橋という。いわく・・、人生にやぶれ、生活につかれはてて、このドヤ街に流れてきた人間たちが、なみだでわるしかない橋だからよ」宿無しの元ボクサー段平とジョーが、ボクシングで人間の尊厳を取り戻そうと誓う。「このなみだ橋を逆にわたっていこう」
その山谷も、変わった。いまも簡易宿泊所がひしめく。2畳部屋で一晩1400円が最安値だった。泊まろうとすると、宿帳に一見され断れた。2千円のところでは受付のおばちゃんが「うちは生活保護の方の家なんですよ」。2500円払って、ようやく通された宿は、2畳半ほど。かびのはえたシーツには、体毛が残されていた。路上のあちこちで、男女が車座になって酒盛りをしている。しばらくすると酔って喧嘩が始まった。ただし、漫画の雰囲気からは、ほど遠い。老人ばかり。喧嘩も、危険というより、哀れだ。一大観光地となったスカイツリーがすぐ近くに見える。浅草が近いこともあり、外国人観光客も多く宿泊している。
格差社会に詳しい早稲田大学教授の橋本健二さんは、首都圏の貧困マップを作成している。年収200万円未満の世帯比率の推定値が髙い地域を赤く塗った地図。ワースト30に、泪橋周辺は出てこない。統計分析でも「泪橋」は消えたのか。橋本さんに問うと、パソコンでデータの取り方をさっと変えた。よりきめ細かいメッシュ(正方形)で貧困率を測る。泪橋は、とたんに真っ赤になった。
近辺に中高層マンションが建ったこともあり、1㌔四方の粗いメッシュで計測すると、貧困マップで見えなくなる。いまも山谷には、家のない貧困高齢者が多く住んでいると思われます」分極化は進んでいるとも、橋本さんは話す。「都心4区に富裕層が集まり、周辺部で貧困者の住む地域が多くできた。いわば階級都市です」「泪橋」は、消えていない。不可視かされ、拡散している。
燃えて「まっ白な灰」になる 記者の父は高卒のギャンブラーだった。母は中卒の住み込み奉仕人。3人兄弟で大学に進んだのはわたしだけ。必死で働き、闘い、「なみだ橋を逆にわたって」きた。自分に引きつけ、こじつけ、この漫画を深読みしてきた。作品には、ほかにも金言が山ほどある。最も有名なのは、これだろう。「ほんのしゅかんにせよ、まぶしいほど、まっかに燃えあがるんだ。そして、あとにはまっ白な灰だけがのこる・・。燃えかすなんかのこりやしない・・。まっ白な灰だけだ」この漫画には珍しいデートシーンでジョーが語った。乾物屋の看板娘・紀子「は、鶏群の一鶴。気立てのいい美人だ。ジョーに淡い恋心を抱いている。しかしジョーに、恋はいらなかった。ボクシングに、燃えて燃えて燃え尽きる、と。「わたしついていけそうにない・・」。紀ちゃんはジョーの元を去る。このあと偶然にも、「まっ白な灰」が全編を貫くキー概念になっていく。
人気絶頂で迎える最終回をどう描くか。ちばさんにとって苦闘の毎日だった。ジョーは、世界チャンピオンに挑む。パンチドランカーになってしまったことを知りつつも、死に向かって、生きる。当時の担当だった編集者が、「先生! この場面!」とひらめいたのが、先の、ジョーと紀ちゃんのデートシーン。ちばさん自身は、「描いたことも忘れていた」という。ラストシーンは、「まっ白な灰」になって微笑むジョーの姿になった。
そころで記者には、以前から気になって仕方ないことがある。試合会場となった日本武道館には、少年院時代の悪友や、喧嘩屋、ライバルの元ボクサーら懐かしい顔ぶれが続々と現れる。しかし、だれか足りない。とても大切な、この場面に不可欠な人物。紀ちゃんは、どこにいる? 紀ちゃんはジョーの元を去り、西寛一と結婚した。西は鑑別所時代からジョーの親友。世界戦の直前、ジョーは結婚式でスピーチしている。「ちんまりおとなしくおさまりやがって」「まあせいぜいしあわせになってくれや!」新郎新婦に、残酷とさえ思える言葉を投げつける。うつむいた紀ちゃんの瞳に、百万言の重みがある。
全巻を通じても最重要人物であるこの2人が、ジョー最後の戦いの、どこのコマにも、いっさい現れないのだ。不在が、その存在を、かえって浮き上がらせる。乾物屋の仕事が忙しかった? 目の前の幸せに夢中で、昔の男に興味は失せたか? 「いや、紀子は結婚しても、やはりジョーが好きなんです。西も薄々それを知っている。ぼくにもその情景は見えた。けど、それを描くとまた別の漫画になってしまう」ちばさんが、いちおうの答えを出してくれた。
燃えて燃えて燃え尽きて、まっ白な灰になる。ちんまりおとなしい幸せを拒絶する。世人ではない。「Sein zumTode 死へと向かう存在」(ハイデガー)として、生きる。かっこいい。けど、かっこよすぎる。かっこよすぎるとは、かっこ悪いことなんじゃないか? ハイデガーだって、そんなかっこよさがナチスに利用されたんじゃないのか。「そこに灰がある」(デリダ)というときの灰は、「すべて燃やすもの、つまりホロコースト」をも、合意していたはずじゃないのか! ジョーよぉ! 自分に引きつけ、こじつけ、深読みする。まだ、なみだ橋を、逆に渡りきっていないのだと思う。(近藤康太郎)

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