6月2日てんでんこ 被災ここにも「15」

朝日新聞2018年5月29日3面:「まけんなっ!栄村!!」。草の根のつながりで支援が広がった。 「まけんなっ!栄村!!」2011年3月12日の長野県北部地震で震度6強の揺れに襲われた栄村の職員、樋口正幸(59)は避難所に配る手作り新聞にこう名付けた。「避難所にいる人の気持ちをなんとか鼓舞したい」と、力強い太字にした。ただ、村外へ情報発信は滞った。村役場には連日記者が詰めかけたが、テレビや新聞が伝えるには、前日に起きた東日本大震災の津波被害や東京電力福島第一原発事故ばかりだった。村のホームページの更新も途絶えていた。村職員は約80人。担当者はボランティアの受け入れ対応などに追われていた。
そんな中、栄村の状況を外にと伝えたのが、インターネットのブログによる発信だった。村おこしの活動をしていたNPO法人「栄村ネットワーク」の理事、松尾真(68)が、地震の翌日から被災状況を書き込み続けた。「青倉集落入口の中条橋に大きな段差が生じて車が通れない」「JR飯山線の線路が宙づりになっている」「車での野宿を覚悟、食糧持参でないと、応援にならないと思います」初めは自らの安否報告のつもりだったが、ブログを見た報道機関からも「栄村の状況がわからない。教えて欲しい」という連絡が入るようになった。「未曾有の災害に、情報発信ができていない」と痛感した。
1週間でアクセス数は3万7800件に。状況が伝わるにつれ、「集落の様子が分かった」「ボランティアを申し込みたい」と、村の内外からの反響が寄せられるようになった。手描きの絵にメッセージを書き添える「絵手紙」を通じた支援の輪も広がった。栄村は、1995年に村の公社職員が絵手紙展を開いて以来、趣味やサークルの活動が広まり、絵手紙の里として知られていた。
「春は必ず来ます」「明日を信じて」。地震直後から、励ましやお見舞いの絵手紙が次々に届いた。樋口はこれを手作り新聞に載せた。「心配している人たちが大勢いることを伝えたい。絵手紙は勇気が出る」と考えた。住民への避難指示は地震9日後の3月21日に解除された。手作り新聞の発行は4月3日の32号まで続き、村役場や展示施設に寄せられた絵手紙は1年で7千通余りにのぼった。今月25日夜、栄村は再び地震に見舞われた。震度5強。墓石が倒れ、壁にひびが入る被害が出た。ブログの発信も続く。(鶴信吾)

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