6月18日 寂聴 残された日々

朝日新聞2018年6月14日31面:36大才を支えた大器 石牟礼道子さんが、この世から旅立たれて、はやくも四カ月が過ぎ去った。それ以来、道子さんを惜しむ追悼文が、あらゆる新聞の朝刊、夕刊を埋めていた。数あるそれらの追悼記事を、片っ端からむさぼり読んでは、私はその都度涙を流し、息をつまらせてしゃくりあべていた。生きているうちもう一度故人に逢いたかったとは思わなかった。石牟礼道子さんは、私の記憶の中では、他の人にない清純で透明な感じのする美しい女人だった。いつでもはにかんだような微笑を浮かべて人に対していた。子供が甘ったれた子共弁をそのまま残して大人になったようなあどけなさのある区長で、静かに話をした。向かいあっていても、魂はどこか遠い虹を渡っているかのような、非現実的な表情をのぞかせていた。柔らかな微笑をたたえたおだやかな表情は、あくまで優しく、水俣病事件に自ら飛びこんで、身を挺して逃走するような情熱を秘めているなど想像も出来なかった。初めて逢った人々は、美しい人、やさしい人という印象を受けるにちがいなかった。一見弱々しく見えるけれど、大正十一(1922)年生まれの私より五歳若く、九十歳で亡くなった道子さんは、年相応に老けてきた。九十歳をすぎても女性への情熱を消していなかった故荒畑寒村氏が、一目惚れして、「あんな美しい人はいない。あんな聡明な女人はいない」
と、私に興奮した口調で、何度もくり返たことを思いだす。自分が九十六まで生きのびてみっともない山姥のようにふけても、自分の目に映るものは、すべて美しいものがいいと願う横着者の私は、あの愛らしい道子さんの面影を抱いたまま死んでゆきたいのだ。
読みきれないほどの追悼文を集めた特集記事の中で、最も見事で心打たれたものは、黒田杏子さんの主宰する俳誌「藍生」(あおい)の特集であった。中でも圧巻は渡辺京二氏の文章「カワイソウニ」である。渡辺さんは知る人ぞ知る、石牟礼道子さんの傍にあり、五十年もの長い歳月を唯彼女ひとりに全面奉仕をしつづけ、原稿清書、雑務処理、掃除、片づけから食事の面倒までみつづけてきたという。しかもその半世紀の間、ちゃんと彼自身の家族を養い、自分の本も書いている。「故人に捧げし一生という訳ではなかったのです」といいながら、亡き人の偉大な才能に感動しただけでなく、彼女の描くという仕事が人類に大変な使命を担った詩人だからこそ手伝ったとは言いきれないと述懐する。
「私は故人のうちに、この世に生まれてイヤだ、さびいしとグズり泣きしている女の子、あまりに強烈な自我に恵まれたゆえに、常にまわりと葛藤せざるをえない女の子を認め、カワイソウニと思っておりました。カワイソウニと思えばこそ、庇ってあげたかったのでした」と述懐している。この国の昔の人の間には「カワイソウだた惚れたってことよ」とわかり易い俗語がまかり通っている。今、生きる目的を不意に奪われて、渡辺さんは呆然としていると素直に述懐している。道子さんも稀なる天才だったが、渡辺さんも道子さんに劣らない大器の人物である。

 

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