6月13日 アキバの傷痕「6」

東京新聞2018年6月8日26面:「勝ち」「負け」分断克服を 「天罰」「負け組が勝ち組になった」「恵まれた人がいなくなって、せいせいする」2008年。秋葉原無差別殺傷事件の直後、インターネットの匿名掲示板に、犠牲者7人のうちの1人を標的にした中傷が並んだ。東京芸術大で音響を学んでいた21歳の女子学生。「恋人がいて、父親が大企業の幹部で、就職が決まっていた」。ネットで「勝ち組」代表とみなされた。
「金持ち」で「リア充」(現実の充実)で「苦労知らず」。本来は「楽勝人生」だったはずが、派遣で仕事を転々としながら、恋人も親友もいない「負け組」代表の加藤智大(35)に倒されたというのだ。中傷への批判も相次ぎ、非難合戦が過熱した。「言い訳ばっかりしやがって。社会のせいにする暇があったら、ちょっとでも努力してみれば。勝ち組代表より」市場原理を最優先する小泉政権以降の「新自由主義」で格差が拡大し、社会が「勝ち組」と「負け組」に分断されていることを、事件が浮かび上がらせた。分断を正当化する言葉がある。「自己責任」。小泉政権下の04年、世の中にあふれた。事実上の戦時下だったイラクで武装グループが邦人3人を人質にし、自衛隊撤退を求めた時だ。人質だった今井紀明(32)には帰国後、百通を超える批判の手紙が届いた。「非国民」「責任取って死ねばよかった」。自己責任論の総攻撃。道を歩いていると突然、頭をたたかれた。政治家からも糾弾された。
「他人の切り捨てに使う言葉」と今井。とくに「負け組」の不満を封じ込めるために用いられてきた。豊かになれないのは、本人の努力が足りないからだー。今井は「強者の論理。未来への芽を摘んでしまう言葉」と捉える。実は加藤本人も、自己責任論を受け入れていた。ネット掲示板に自身の孤独や不幸を書く連ね、自嘲を繰り返した。「悪いのは、俺」。自分は「負け組」だと自覚して、事件前に「勝ち組はみんな死んでしまえ」とまで書き込んだ。
だが、自己責任論に基づく文壇に警鐘を鳴らし続けた者もいる。小泉純一郎の政敵だった元衆院議員、亀井静香(81)。加藤には何ら共感しないが、秋葉原事件の本質を「追い詰められた弱者の反乱」と見る。亀井は貧困家庭で育った。だから「すべてを環境や貧乏のせいにするのは間違いだ」と前置きしつつ、弱者切り捨てに異を唱える。「格差があれば憎しみが生じる度合いが強まる。格差社会で困っている人に手を差し伸べるのが政治だ」
小泉から政治を学んだ安倍晋三の政権運営を批判する元文部科学次官の前川喜平(63)にも、小泉による義務教育費の国庫負担削減に、公然と反旗を翻した過去がある。「貧しい環境なら、貧しい教育しか受けられなくなる」と、分断の固定化を懸念したからだ。前川はいま、分断とは逆の「つながり」を創造するため、自主夜間中学で講師を務める。「新自由主義で競争に駆り立てられ、安心できる人間関係が失われれば、犯罪に結び付くことがある。富める者をますます富ませるのではなく、公正な分配の重視に政治がかじを切らないと、みんなが不幸になっていく」 (敬称略) =おわり (取材班=藤沢有哉、日下部弘太、宮畑譲、斎藤雄介、萩文明)

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