6月12日 オトナになった女子たちへ 益田ミリ

朝日新聞2018年6月8日25面:そうだった、そうだった 津村記久子さんの小説「ボースケ」を「細々」に読み終えた。細々というのは20回くらいに分けて、という意味で、むろん、それには理由がある。いっきに読むのが惜しかったのである。津村さんの小説を読むときはいつもそう。ちょっと読んでは、「ここまでだヨ」後ろ髪引かれる思いで本を閉じる。細々だから、つづきを読むときには、話の流れを忘れている。しばらく読み進めると「そうだった、そうだった」と思い出し、そのまま物語の中に滑り落ちて行く瞬間を何度も味わうために、わざと忘れたい、というのもある。
オトナである。気が乗らぬ用事で出かけることもなくもはない。されど、バッグの中に「ボースケ」があると思えば元気が出たものだった。忘れているといえば、自分が描いた漫画の登場人物を忘れていることがある。主役級はさすがに覚えているものの、脇役などは、連載の、最初と中盤と最後で、顔や髪型が変わっている(こらこら)。なので、余計に誰だかわからない。「この部長と、この部長って同じ人物ですか?」
単行本にするときに編集者に確認されるものの、描いた本人(わたし)がこんがらがっている。「たぶん‥同じです」「途中で前髪が変化してます。こっちはギザギザで、こっちは横に流しています」「ホントだ!」「この『会議で助けられたのに悪口言う人』と『カラオケに誘う人』は別人のはずですが、髪型が一緒です」「ホントだ!」それで急遽、編集者の背後で談笑している会社員風の男性の前髪を参考に、カフェの机で描き替えるのだった。
その点、小説の登場人物の容姿は変化しないのがよい。細々に読もうが、自分なりの「こういう人物」のまんま。「ボースケ」に出てくる、ナガセさんも、ヨシカさんも、本を開けばいつだって同じ顔だ。作者である津村さんの脳内にいるナガセさんや、ヨシカさんの顔も気にはなるが、おそらく、読者は誰も、自分の、が好きなのである。(イラストレーター)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る