6月12日 アキバの傷痕「5」

東京新聞2018年6月7日28面:弱者狙う凶行模倣続く 右の脇腹から鼓動に合わせてゴボッと血が噴き出し、ワイシャツを突き上げてきた。次の瞬間、湯浅洋(64)は「とてつもない痛み」を感じて意識を失った。タクシー運転手だった湯浅は客を拾おうと秋葉原を流していた。無差別殺傷事件の犯人、加藤智大(35)のトラックと偶然、擦れ違った。直後に「きゃー」「わー」と悲鳴が聞こえた。「事故かな」。車から降りて負傷者を助けようとしたら、後ろからナイフで襲われた。加藤の顔を見る間もなかった。全治6ヵ月の重傷。神経を痛め、目が突然、見えなくなったり、まっすぐ歩けなくなったりした。後遺症にいまも苦しむが、不思議と加藤への憎しみは「ない」。それより「本当の理由が知りたい」という。
だから加藤に6度、手紙を出したが、まともな返事はない。面会を求めても実現せず、青森市にある加藤の実家や母校を訪ね、彼の著書をすべて読んだ。それでも、なぜ無差別に人を殺したのか、分からない。「死刑は当然だが、執行の前に自分をさらけだして、納得のいく理由を語ってほしい」。湯浅はそれだけが、加藤が社会のためにできることだと信じる。加藤は法廷で、直前に茨城県で起きた無差別殺傷事件が念頭にあったと語った。その後、加藤を模倣したような事件が続く。秋葉原事件の5カ月後、19歳の少年が千葉県で軽トラックで男性=当時(24)=をはねて殺害した。犠牲者の母、沢田美代子(61)は「秋葉原事件がなければ、息子は命を奪われなかった」と考える。「ただ歩いていただけなのに、なぜ」
2年後、広島県の自動車工場で12人を死傷させた男も、加藤を参考にしたとされる。長男=同(39)=を殺された浜田進(69)は、理不尽さを「恨みを持たれたり、けんかをしたわけではない。何も関係がないのに」と話す。秋葉原事件の翌月、東京都八王子市のショッピングセンターで男が女性2人を殺傷した。精神鑑定をした医師の岩波明(59)も男から、加藤のやり方なら「自分でもできると思った」と聞かされた。
「21世紀になって無差別殺傷が増加している」と岩波。「格差社会の閉塞感や、希望を持てないことが、犯行への最後の一押しになっている可能性がある。不幸な自分をつくりだした世の中への復讐」秋葉原事件を素材にした小説「誰でもよかった」を著した作家、五十嵐貴久(56)は「今後も加藤のような犯罪者は当たり前のように出てくる」と予言する。小説では、事件を知った若者たちがインターネットで、犯人を賛美する書き込みを続ける「つまんねえもんな、世の中。人ぐらい殺したくなるよな」。五十嵐は、加藤をモデルにした犯人に「みんな俺と同じだとわかった‥明日、また同じような事件が起きても不思議じゃない」と言わせた。加藤も、彼をまねた者も異口同音に「相手は誰でもよかった」と語る。だが実は、加藤は多くの被害者を正面からではなく、背後から襲っている。
だから五十嵐は「誰でもよかったわけではない」と、相次ぐ無差別殺傷の本質を看破する。「誰でもよかった。ただし『自分より弱い相手なら』なんです」
(文中敬称略)

朝日新聞ASAの伸光堂西部販売 森林文化協会

ご予約・お問い合わせはお気軽に

Tel0120-740-276

〒352-0011 埼玉県新座市野火止8-14-29

ページトップへ戻る