5月7日 日曜に想う 編集委員 曽我豪

朝日新聞2019年5月5日3面:言葉の興亡にみる平成政治 言葉は怖い。正しく使えば武器になる。国民の心をつかんで時代を突き動かし、権力者には正統性を、挑戦者には大義を与える。誤って使えば身を滅ぼす。国民の心を離反させ、権力者には失墜を、挑戦者には失速をもたらす。時代の変化に立ち遅れては最後、死語となる。魔物にもなる。国民を扇動し単純で極端な危ない時代へ誘い込むこともある。平成においても時代を画した政治の言葉は幾つもあった。流行語大賞をとったがいわば一発屋で終わった言葉も少なくない。その興亡を振り返ると、平成の政治の正体が見えてくる思いがする。
「守旧派と改革派」。平成初期の政治改革政局を先導した魔力を持つ言葉である。送り出したのは小沢一郎氏だった。昭和のやり方が時代遅れなのは自覚されていた。成長でなく負担を分け合う時代が迫り、東西冷戦構造が崩れて日本は国際貢献を求められた。派閥による疑似政権交代と利益の事前調整に頼る古い自民党政治では改革出来ない。そう念じて自民党を飛び出した小沢氏が彼我の違いを一言で決め付けたスローガンだった。それは大当たりし「非自民」の枠組みで政権交代は成ったが長続きせず、自民党が逆襲の言葉にしたのが「反小沢」である。昭和以来の仇敵だった社会党と連立して政権を奪還した。建設的な政権構想を競うより、非や反といったくくりによる動員が優先された結果、政局ありきの刹那的な政治の風潮を残した。
「友愛」の美名とは裏腹に、鳩山由紀夫氏らの民主党も、ベテラン議員らを外す「排除の論理」が先行した。東京・青島幸男、大阪・横山ノック両知事を生んだ「無党派の反乱」も、既成政党が相乗りで官僚出身候補者を担ぐ地方政治へのアンチテーゼ以上のものではなかった。地道に合意形成の道を探るより、「改革」を旗印に踏み絵を迫り敵と味方を峻別して世論を喚起する方が手軽で効果的だ。その手法の極致が「小泉劇場」である。小泉純一郎首相は郵政民営化の旗一本で衆院を解散、刺客を並べて自ら名付けた抵抗勢力を打倒してみせた。だが非や反や劇場で瞬間吹いた風がやんだ後、何が残ったか。期待は失望に転じて国民の目は「風邪」に厳しくなった。「政権交代」の言葉に公約実現や政権運営能力の実が伴わず、民主党政権は「決められない政治」の避難を浴びて失墜を余儀なくされた。小泉劇場の刺客だった小池百合子東京都知事は希望の党でその再演を狙ったが、踏み絵を迫る「排除の理論」が反発を呼び、はね返す実を示せないまま衆院選で失速した。そして今、安倍晋三政権に付与される言葉は何か。「一強」により、早く決める政治は格段に進んだ。だが長期政権が「ゆるみやおごり」を自制出来ないなら、「忖度」や「隠蔽・改ざん・不正」といった忌まわしい言葉がまとわりつく。国民の不信を解消する言葉は政権から現れず、さらに信を失わせる心ない「失言」が続く。見渡せば、朽ちた言葉とすさんだ言葉ばかり。そんな寒々とした思いがする。
だが思い出してほしい。危機と試行錯誤の続いた平成だからこそ、言葉の持つ力の確かさが実感された時はあった。東日本大震災直の日々である。二つだけ記そう。政治家の言葉ではないが。天皇によるビデオメッセージ。「国民一人びとが被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています」 選抜高校野球、創志学園の野山慎介主将の選手宣誓。「がんばろう、日本。生かされている命に感謝し全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います」先の見えぬ闇にあっては耳目を集める奇矯な言葉などいらない。悲しみに同じ高さの目線で寄り添い、同一の目標に向かうよう穏やかに語りかける。そんな融和の言葉が国民の心をひとつにする。それが平成の遺産だとすれば、令和の最初に新たな時代の言葉を生み出すのは誰だ。選挙はその格好の舞台であろう。

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