5月24日てんでんこ 被災ここにも「9」

朝日新聞2018年5月18日3面:離れて感じた「知られていない悲しみ」。地元のためになにかしたい。 3月4日、千葉県旭市で津波避難訓練があった。住民が集まった体育館で、東日本大震災のとき中学3年生だった大木沙織(22)が震災の体験とともに語ったのは、地元を離れて感じた「知られていない悲しみ」だった。
通っていた市立飯岡中は海岸の堤防から100㍍あまりの距離にあった。激しい揺れが襲ったのは卒業式4日前。教室で卒業アルバムを見ていたときだった。内陸の公園に避難し、迎えに来た母親と海岸近くの自宅に戻った。本当に津波が来るとは思わなかった。最大の第3波が来たのは親類宅に向かおうとしたときだった。道は黒い川と化し、玄関ぎりぎりまで迫った。「生まれて初めて死ぬんじゃないかと思った」。校舎は1階が浸水し、卒業式は3日遅れた。余震におびえながら近所の片付けを手伝った。津波がもっと高ければ‥。無事だったのは奇跡に思えた。
隣の銚子市の高校に進学すると「津波大丈夫だった?」と声をかけられ、元気かけられた。しかし、神奈川県の大学に入ったときは違った。東北出身の人には被災を気遣う声がかかるに、旭市出身の人には自己紹介しても反応がない。知られていないと実感した。「飯岡の人は津波の苦しみの他に、世間に知られていない苦しみも背負っていると思います」「協力してなにか飯岡のためにやろうよ!!!」。SNSで同級生らに呼びかけたのは成人式での再開後、震災5年の節目を過ぎた2016年3月12日だった。ボランティア活動で岩手県陸前高田市に通い、被害の大きさは違っても通じるものがあると感じていた。支援団体の男性の「本当の復興は心の復興」「若者の力が風化を防ぐ」との言葉が背中を押した。変わりゆく地元の姿にモヤモヤした気持ちもあった。
賛同した同級生らと「トリプルアイプロジェクト」を結成し、代表に就いた。復興のイベントを手がけ、被災体験の聞き取りや地震の注意点を冊子にして市内の小学生に配った。この3月は、小学2年生に防災の授業をした。学校で震災を経験した世代だからこそ、伝えられることがあると感じている。
現メンバーは19人。今春、多くが社会人になった。大木は東京で就職し、旭市の被害を知る人にも出会った。活動を続け、いつか地元に戻りたいと思っている。
(佐々木英輔)

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