5月21日 セーラー服 名古屋が発祥

東京新聞2018年5月14日6面:通説より3カ月早い1921年9月 女子中高生の制服の代名詞ともいえるセーラー服を初めて採用したのは今から約100年前、金城女学校(現金城学院中学校・高校、名古屋市東区)だったことが、日本大商学部の刑部芳則准教授(日本近代史)の研究で分かった。通説では福岡女学院(現福岡女学院、福岡市)が最初とされてきたが、実は金城の方が約3カ月早かった。(井本拓志)
刑部准教授が7年かけて全国約500校の記念誌などを調査したところ、1889(明治22)年創立の金城女学校は1911(大正10)年9月から、生徒にセーラー服の着用を義務付けた。福岡女学校は同年12月に制服としていた。
明治時代、女性とたちは着物にはかま姿で通学していたが、大正時代になって起きた「服装改善運動」で洋装化が進み、セーラー服の制服化もこの頃から全国に広まった。刑部准教授は「毎日異なる着物を着るのに比べて経済的な上、動きやすく、デザインも優れていたためだろう」とみる。
日大准教授500校調査で判明 セーラー服はもとは英国の水兵服。日本の明治期、欧州では既に子ども服のデザインとして取り入られていたという。金城では米国人女性宣教師の娘が制服化される前から着用しており、なじみがあったことから採用が早かったとみられる。一方で、「福岡説」はいつから通説とされたか、実ははっきりしない。学生服大手トンボ(岡山市)はホームページで、「セーラー服と呼ばれている上下セパレート型でリボンのついた洋服を採用し、そのまま継続している学校という点では、福岡女子学院が最初だといえます」との見解を公開している。担当者は「あくまで通説に沿ったもの。今後の展開次第では修正も検討する」と話す。
金城の当時のセーラー服と現在のものとを比べると、白線の数やネクタイの長さに小さな違いはあるものの、ほぼ同じ形。長屋頼子校長は「これからも制服を大切にし、きれいな着こなしをしていく思いを生徒と共有したい」と喜ぶ。刑部准教授は「セーラー服についてここまで詳しく調べた研究はないはず。金城が最初であることが広まってほしい」と話している。

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