5月18日 財政赤字への誘惑「アベノミクス化」する世界

朝日新聞2019年5月15日15面:多事泰諭 編集委員 原真人 米国で、民主党左派から「財政赤字をいくら増やしてもへっちゃら」という主張が広がり、経済学者たちを巻き込んで大論争中だ。自国通貨を発行できる政府は、通貨を際限なく発行できるから財政赤字の大きさは問題ないという主張で、「MMT」と略して呼ばれる。「Modern Monetary Theory=現代金融理論」。金融理論だと名乗っているので、さぞ理路整然とした経済論文があるのだろうと思われがちだが、体系だった理論はない。いわば「放漫財政のススメ」というべき曲諭である。こんな政策をやって通貨価値が急落して超インフレになったらどうするのか、という批判に、MMT論者たちは「簡単には起きない。兆しがあれば、すぐに正常な財政に戻せばいい」とおおまじめに答える。放漫財政に陥った政府が一瞬にして堅実財政に立ち戻るなど、ありそうもない。だから、財政拡大や金融緩和に積極論のノーベル賞経済学者、ポール・クルーグマン氏でさえMMTを批判している。他の主流派経済学者たちもこぞって批判的だ。悪評ふんぷんのMMTだが、提唱するニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン教授が「日本がモデル」と言い出してものだから、にわかに国内でも注目された。先月、国会でこれを問われた安倍晋三首相は「我々がMMTの論理を実行しているということではない」と否定。日本銀行の黒田東彦総裁も定例記者会見で、「極端な議論で適切ではない」「(日銀の政策は)MMTとはまったく何の関係もない」といい」、日本モデル論を突き放した。とはいえ、どこからどう見ても<アベノミクス=異次元緩和>はMMTの実践だ。
安倍政権のもと、黒田日銀が6年間に買い増した国債は約350兆円。年平均58兆円にのぼる。国債とは政府の借金証文だ。日銀がそれを買い上げるということは、紙幣を刷って(電子データ発行もお含め)政府の財政赤字を穴埋めしているものも同じだ。政府の毎年度の一般会計税収は約60兆円。日銀は輪転機を回し、それに匹敵する規模の歳入を埋め合わせている。おかげで私たち国民は、本来支払うべき税金を半分払うだけですんでいる。こんなありがたい状態が永久に続けられるなら、これほど楽なことはない。だが、いつの時代も「打ち出の小づち」など存在しないのだ。想像してほしい、あなたのマンションの管理組合の理事長がある日突然、「これから毎月の管理費と積立金は半額でいい」と言い出したらー。「不足は銀行から借金すれば問題ない」と説明されても誰だってありえない話と考えるだろう。いま国家レベルで起きているのは、その種のことだ。そういえば、2年前のフランス大統領選で、マクロン大統領に敗れた極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン党首が公約でこう訴えていた。「フランス銀行(中央銀行)をフランス政府の傘下に置き、財政ファイナンスをする」
共通通貨ユーロの誕生で、仏政府には独自通貨がない。だから傘下の中央銀行に紙幣を刷らせることができない。そこで、仏政府に通貨発行権を取り戻し、中銀に紙幣を刷らせ、財政赤字を穴埋めさせようというのだ。明示こそしていないが、ルペン構想はいわば、フランス版アベノミクスをやろう、という発想だった。極右も極左も関係なく、台頭しているのは国民の耳に心地よい政策を掲げるポピュリズム政党だ。いまはまだ、それを押しとどめようとする良識が少し勝ってはいる。ただ、安倍政権が、増税先送りや日銀の事実上の財政ファイナンスを使用して長期政権を築いている事実は、世界のポピュリズムたちを誘惑する。世界が「アベノミクス化」し始めた。それは誇らしいことか。それとも、そら恐ろしいことなのか。

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