5月15日 日曜に想う 編集委員 福島申二

朝日新聞2019年5月12日3面:政治家が操る「夢と嘘」 数字は加速してやまず、4月下旬には1万の大台を超えたという。トランプ米大統領が就任以来発してきた、虚偽の発信や誤解を招く主張の回数である。ファクトチェックを続けてきたワシントン・ポスト紙が報じている。この1月に就任から2年間で8158回という報道に脅かされたが、ペースは跳ね上がっていて、反省の色なし、である。同紙のファクトチェック責任者、グレン・ケスラー氏は朝日新聞のインタビューに、昨年は中間選挙の遊説が数字を押し上げたと説明している。いまは2期目をめざす来年の大統領選に向けて、ますます出任せの度が増しているようだ。
もっとも、ケスラー氏によれば、どんな大統領も業績を大げさに誇張する傾向はある。重大な虚偽がなかったと思われるのはカーター氏とブッシュ(父)氏だったそうだ。言われてみて気づくことがあって、2人はどちらも、2期目を任せてもらえなかった大統領である。どこかしら、きまじめで、不器用だった印象の残る2人でもある。第2次世界大戦後の米大統領のうち現職ながら落選した人は3人いて、もう1人のフォード氏も不器用な人だったらしい。冗談めかして「あいつは歩きながらガムがかめない」と言われるほどだった。しかし、そうした人物評の裏には、飾らぬ正直者というニュアンスがったと聞き及ぶ。むしろ当落の要因はもっと多面的だが、そんなことを考えつつ頭に浮かんだのは、作家池澤夏樹さんの本紙連載コラム「終わりと始まり」の一節だった。
「政治というのは根源的には『夢と嘘』を操作する技術ではないか」と池澤さんは言っている。至言だと思う。池澤さんの文はトランプ氏当選の1年前に書かれていて、同氏の名は登場しないが内容は暗示的だ。トランプ政権の掲げる大きな夢は「アメリカを再び偉大にする」である。その夢と並ぶようにして多くのうそがある。政治において、夢はしばしば嘘と抱き合わせで語られる。おれは私の想像だが、カーター氏らからイメージされる誠実、きまじめといったある種の美徳は、政治を動かしていく上で、迫力を欠き、軽んじられやすいのかもしれない。昨今はとりわけ、各国のリーダーや政治家に強面な言動が目立っている。夢と嘘を駆動させて、国民の中にナショナリズムへの誘惑を高めつつあるようで、不安が消えていかない。ひるがえって日本だが、池澤さんは東京オリンピックという祝祭と、招致演説で首相が述べた、原発事故の汚染水をめぐる「アンダーコントロール」発言などを夢と嘘としてあげるている。気づいてみれば、国策として進められてきた原発が、そもそも大がかりな夢と嘘の操作だった。「明るい未来」をうたった標語の後ろには、うそで化粧した安全神話がいつも寄り添っていた。
政治とうその親密さは政治家自身がいちばん分かっているのだろう。だから人をくったような名(迷)言が多い。「政治家は自分の言っていることを信じていないから、他人が信じてくれるとびっくりする」と言ったのはフランスの大統領だったドゴールだ。トランプ氏の自己認識はどんなものだろう。自分のついたうそを真実と思い込んでいるのであれば実態はいっそう深刻である。評論家の故・加藤周一さんが、こう述べていたのを思い出す。「天下国家の安泰は、みだりに嘘をつかぬ政府によるところが大きいだろう。その次には、むやみに嘘をつくが、自らはそれを信じない政府。最大の危険は、その現実判断が自らの嘘から強く影響される政府である」(「夕陽妄語」から)まともな国民国家であれば、1番目の政府のはずである。しかし国会などのチェックが機能しなくなれば、たちまち劣化してしまう恐れはある。3番目の極端な例は、戦争に突き進んでいった戦前戦中の日本政府であろう。議会軽視を許してはならない理由がここにある。うそつきは逃げていっても、うそが生んだ現実が人を苦しめることになる。

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