5月14日 白球の世紀82

朝日新聞2018年5月9日夕刊10面:選抜出場 初戦で惜敗 「初めて本校の野球部が、第38回選抜(高校野球)大会の東京代表に選ばれました」佼成学園(東京)の校内放送が朗報を告げたのは、1966(昭和41)年1月31日午後3時50分ごろのことだった。報道陣を前に当時41歳の監督今西錬太郎(93)は語った。
「週二回も七時限授業があるなど練習時間が少ないので、学業と野球の両立に苦労した。それだけに喜びも、ひとしおです」(2月1日付東京中日新聞=現東京中日スポーツ) 佼成学園は秋季東京都高校野球大会で、7試合中5試合を完封して初優勝。左腕のエース行田文雄が注目を集めた。だが、甲子園で勝つのは簡単ではなかった。66年3月29日、小倉(福岡)と対戦。甲子園の雰囲気にのまれた行田が10与四死球と乱れ、1-7で敗れた。
今西は振り返る。「行田は、大会直前に食中毒にかかって十分快復していなかった。甲子園では力の半分も出せなかったですね」1年おいて68年、佼成学園は2度目の選抜大会出場を果たす。エース猪狩志郎は身長182㌢の本格派。遊撃手の清水透(のち宏悦、プロ野球大洋ほか)、右翼手の森山正義(のちロッテ)が打線を引っ張った。
3月30日、尾道商(広島)との試合は雨中のナイターとなった。尾道商は二回2死から2安打と四球で満塁とし、9番打者の二塁打で2点を挙げた。佼成学園も三回、清水の右犠飛で1点を返したが、その後はライナー性の当たりは再三、相手の好守に阻まれた。後半、相次ぐピンチを堅守でしのいだものの、1-2で惜敗した。
「そこそこに水たまりができるほどの悪条件にもかかわらず、好プレーの応酬はすばらしかった。今大会好試合の一つ」と翌日の毎日新聞は評した。尾道商は決勝に進んで大宮工(埼玉)に2-3で敗れたが、準優勝と健闘した。阪神のスカウト、小鶴誠が今西のもとを訪ねてきたのは、その年の秋だった。(上丸洋一)

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