5月13日 サザエさんをさがして 著作権

朝日新聞2019年5月11日be3面:作者不明なら堂々と サザエが白菜に塩を振りながら気分よく歌っているのは「お座敷小唄」だ。「和田弘とマヒナスターズ」と松尾和子が歌い、200万枚を超えたともいわれる大ヒットとなった。東海道新幹線の開通や東京五輪など明るいニュースとともに思い出す方も多かろう。記者は当時4歳だったが、歌詞に出てくる京都の花街の名を覚え、母に顔をしかめられた覚えがある。波平がサザエの歌を止めようとするのは、歌詞が男女のきわどい関係を描くからだろう。サザエの反論は違う。「著作権を払わずに、堂々と作中で歌える」「お座敷小唄」は和田弘が巡業中の広島のバーでホステスが口ずさむのを聞いて採譜、歌詞の一部を修正してレコード化した。1964年夏の発売時は「作詞作曲不明」だったが、作曲家・陸奥明が自作「籠の鳥エレジー」が原曲だと主張、認められた。作詞は訴訟に発展。65年、埼玉県の元陸軍将校が「43年に中国・広東で作った『広東小唄』の一部が使われ、著作権を侵害された。300万円を支払え」と発売元の日本ビクター(現ビクターエンタテイメイント)と和田を訴えた。すると広島県の元陸軍兵も「台湾従軍中の44年に作った『茶碗酒』の貸しがほぼそのまま使われている。300万円支払え」と訴えた。ビクターは次々に証人を繰り出し「すでに戦前に広く全国の花柳界で類似、酷似した歌詞で歌われていた」と反論。歌詞を詳細に比較した裁判所は67年、ビクターの主張を認める判決を出し、作詞者は不明のままとなった。
サザエが「バッチリ利用料をとられる」という著作権協会は日本音楽著作権協会のこと。使用料を払わず演奏する店でひそかに証拠集めをする職員が「音楽Gメン」として注目されていたのが62年。64年には、暴力団の資金源だった歌謡ショーを警察が著作権違法違反で摘発するのに協力するほど、協会の認知度が上がった時期に重なる。音楽著作権に詳しい安藤和宏・東洋大学教授(55)は言う。「歌詞の一部でも載せれば、厳密に著作権料の支払いを求める協会への反発がサザエのセリフににじんでいるように思える」「59年にヒットした『南国土佐を後にして』は、中国に駐留した高知出身者が元歌を作ったし、お座敷小唄は宴席から生まれた。いわば市井の人々が替え歌を繰り返して練り上げた。こうした歌の最後の大ヒットがお座敷小唄ではないか」
さて、漫画「サザエさん」も著作権の問題とは切り離せない。長谷川町子美術館の橋本野乃子学芸部長は「町子さんは作品を守るため、著作権侵害には厳しい態度で臨んだ」と話す。単行本1,2巻を再版した49年、全ページを写真に撮って複製した「ニセ本」が出回り、50年の年明けに玉川警察署に著作権侵害で告訴した。町子さんはこうコメントしている。「サザエさん一家はめったに怒らないのでけれど、今度ばかりはカンカンです」71年、約20年間、サザエ、カツオ、ワカメに似せた絵を車体に掲げ、「サザエさん観光」と称して運行していたバス会社を著作権侵害で東京地裁に訴えた。76年、地裁は「誰が見ても漫画の登場人物だと思うほど似ていれば、著作権侵害に当たる」と判断、1800万円余の賠償を命じた。キャラクターに著作権を認めた初めての判決だった。(畑川剛毅)

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