5月11日 がん闘病 山下弘子さん、3月に死去25歳

朝日新聞2018年5月6日31面:「今を生きる」勇気あなたにもらった がんのために19歳で「余命半年」と宣言され、今年3月25日に25歳で亡くなった神戸市の山下弘子さん。闘病しながらの自身の体験を語る講演をしたり、生命保険会社のCMに出たりして「今を生きる」ことを訴えてきた。「勇気をもらえた」とがん患者から倬む声が広がっている。
19歳で余命半年 転移と再発と 3月27日深夜、神戸市の通夜の式場に中年の男性が訪れた。「彼女は命の恩人だ。焼香させてほしい」弘子さんと同じ肝臓がんだった。自暴自棄になり、会社を辞めて、治療も拒んだ。だが、弘子さんの活動をブログなどで知り、「こんな若い子が頑張っているのなら」と治療を始め、2月に再就職したという。弘子さんの夫で兵庫県議の前田朋己さん(38)に男性が書いた手紙には「私の術後の人生は、彼女の活動から派生した力で得た時間といってもいいかもしれません」とつづらていた。弘子さんは立命館大在学中の2012年に肝臓がんが見つかった。摘出手術を受けたが、13年に肺への転移と肝臓がんの再発が判明。このころ、同じ大学出身の前田さんと知り合った。病院と自宅の往復ばかりにならないよう、前田さんは趣味の海外旅行に弘子さんを連れ出した。メキシコでダイビングをしたり、アイスランドで氷河に登ったり。2人で訪れた国は延べ約30カ国になる。
講演機にブログ希望をつづる 母校の高校での講演などを機に、弘子さんは14年にブログ「今を生きる」を開設した。「大切な人々のために、皆を悲しませないためにも、私は、絶対に生きます。絶対に希望をなくしません」このブログなどを通じ、中高生や医療関係者にも講演する機会が増えた。聖書の一節「万事が益となるように共に働く」を引き合いに、「苦境にも意味がある」と語った。前田さんは「抗がん剤の副作用や苦しいことも、『将来プラスに返ってくるんじゃないか』という(弘子さんの)思いが、生きる希望になっていた」と話す。
昨年5月5日、2人は結婚し、翌月に式を挙げた。弘子さんは当初は結婚をためらったが、前田さんは「がんで結婚や旅行を制限するのはおかしい」と伝え続けた。弘子さんの手術は肝臓や肺など約20回に及んだ。「なぜ自分が」と泣き叫んだり、物に当たったすることもあった。でもそれはひと月のうち数日、時には数分だけ。「ネガティブな気持ちを抑えようとしていた」と前田さんは振り返る。
 「愛しているよ」が最後の会話に 今年2月28日未明、緊急入院していた弘子さんから自宅にいた前田さんに電話があった。「とも、行ってくるね。手術室に。愛しているお」「僕も愛しているよ。言うても頑張るのは医者やけどね」。そんな軽口が最後の会話になった。弘子さんの他界後、主治医の一人は前田さんにメールを送った。「弘子さんの前向きな生き方を見て、『君はすでにがんに勝っている』と伝えた。弘子さんの生き様は数多くの人々の心に残っている」
10年前に乳がんを患ったという新潟県の患者は、弘子さんのブログに「つらいとき、どれだけ弘子さんに勇気づけられてきたかわかりません」と書き込んだ。弘子さんは生前、「人生一度きり。長くても短くても、楽しくてもつらくても、笑って過ごす人生がいいんじゃない」と語っていた。前田さんは言う。「がんだけでなく、病気やいじめ、経済的な問題で苦しんでいる人もいるが、今を生きてほしい。それが彼女へのはなむけになる」(島脇健史)

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