5日 私の十本 吉永小百合【18】

東京新聞2017年7月2日2面:外科室「上」 歌舞伎の坂東玉三郎さんが初監督、吉永小百合さんが主演した映画「外科室」は、1992年2月、「上映時間50分、1本立て、千円均一料金」という異例の興行方式で全国一斉に公開された。原作は泉鏡花の同名の短編小説。ただ一度見つめ合っただけの関係なのに、その”究極の愛”に殉ずる明治時代の伯爵夫人と青年医師の物語だ。
「天守物語」「夜叉ケ池」など耽美的な鏡花作品のヒロインを舞台や映画で演じていた玉三郎さんいとって、この「外科室」を監督として映画化することは長年の夢だった。そして、ヒロインの伯爵夫人を演じる女優は、吉永さん以外に候補はなかった。
玉三郎さんとプロデューサーの荒戸源次郎さんから出演依頼を受けた吉永さんは「壮絶な恋愛を描いた原作を読んで、演じるのはとても難しいと思って、最初はお断りした」という。だが「吉永さんの予定が空くまで待ちます」という玉三郎さんの熱意に動かされた。
日本の美意識 映像に 「舞台を見てずっと美しさに憧れていた玉三郎さんから、いろいろ教えていただけることがあるんじゃないかな、と思いました。玉三郎さんは女形として、いかに女らしく女性を演じるか、女性の柔らかさや美しさを表現するのか、ということを常に考えていらっしゃる。私は女だから、ふだんそういうことは意識していない。女を演じようと考えたことはありません。だから、玉三郎さんの女性らしい表現法を学びたいと思いました」
吉永さんは撮影に備え、鏡花の作品集を読み、戦前の貴族の写真を集めた十数巻の本を毎日眺めて、明治時代の侯爵夫人の雰囲気を身に付けようとした。50分の映画だからといって、手を抜いたところは全くなかった。映画の中で着る着物は帯や小物に至るまで、全て玉三郎さんが選ぶなど入念な準備を整えてから、ツツジが咲き乱れる東京・小石川植物園で撮影が始まった。
「その前に、桜の場面を撮っているんです。そして、ツツジが咲くのを待って、私が出る場面を撮り始めた。CGは一切無くて、実際の小石川植物園の花々や風情を映し出そうとしたんですね。今までの映画にはない映画詞みたいな作品を作ろうというお気持ちがあったと思います。日本の香りを映像に残す作業は、とてもすてきでした」
「外科室」の玉三郎さんの演出は、かつらのちょっとしたふくらみまでも気を配るような細やかさはあっても、演技についての細かい注文はほとんどなかったという。一つだけ要望されたのが、声のトーンだ。「地の底から声を出してほしい、と監督に言われたんです。最初のうちは、納得できなくて、違和感があったんですけれど、演じているうちに、ああ、なかなか面白いと思ううようになりました。あれが、ふわっとした声だったら、伯爵夫人のイメージが違うものになっていたかもしれませんね。これが102本目の映画で、初めての年下の監督だったんですが、まるでお兄さんのようでしたね。
公開された「外科室」は東京都内では連日立ち見が出るほど好評で、松竹は予定を延長して映続を決めた。「当時はまだ勘九郎さんだった中村勘三郎さんが険校役でお琴を弾いていたり、片岡仁左衛門さんが馬車の御者役で出ていたり、音楽はヨーヨー・マさんが担当していたり、監督が美意識を貫いて作ったぜいたくな作品だったのも、よかったのだと思います」
ヒットを受け、玉三郎さん、吉永さんのコンビは次の作品に挑戦する。(聞き手=立花珠樹・共同通信編集委員)

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