4月8日 サザエさんをさがして

朝日新聞2018年3月31日be3面:姉妹社 社員も編集者もいなかった 今回の掲載作、いつもと何かが違うことに気づくだろうか。長谷川町子さんが顔を出している? いやそれ「サザエさん」では希少なことではない。漫画研究家の清水勲さん(78)によれば、作者自身が登場する作品は14点。「ストーリー漫画では珍しくないが、新聞連載の4コマ漫画では長谷川さんくらい」らしい。
正解は、単行本用の漫画としては未完成なこと。左右に空白が目立つ。新聞用に描いた原画を単行本用のワイドサイズのコマに切り貼りしたあと、何らかの理由で没にすることを決め、空白を埋める作業に手をつけなかったのだ。こうした単行本未収録作は約800点に達する。単行本収録作は約6100点だから、1割以上を没にしていた計算となる。うち696点を初収録とするのが、20日に刊行が始まった『おたからサザエさん』。掲載作も5月発売予定の5巻に収録される予定だ。
それにしても感嘆するのは、作者がワイド化の作業の手間をいとわなかったこと。長谷川町子美術館学芸部長の橋本野乃子さん(54)によると、単行本の表紙のデザインや配列も作者自身が決めていた。「それだけ単行本には思い入れがあった。一冊の本を作品として読者に届けたかったのでしょう」と、橋本さん。
長谷川さんが1992年に72歳で亡くなるまで、その全作品を発行したのが姉妹社である。終戦後、福岡県の地元夕刊紙で連載された「サザエさん」の出版を思い立ったのは、「毬子、町子、洋子」の3姉妹の母だったことが自伝漫画エッセー「サザエさんうちあけ話」に描かれている。姉妹社の名で出版にこぎ着けたものの、B5判の横とじサイズがあだとなり、一家には返本の山の中で暮らすことを余儀なくされる。ところが母は動じない。「サイズをかえて2巻を出すのよ」。3姉妹は「お金は??」と反論するが、涼しい顔で「かりればいい」。
この判断が当たった。B6判で出された2巻はたちどころに売り切れ、つられて横とじの1巻も完売。「-うちあけ話」ではさらにこんな逸話も披露される。一流出版社長が長谷川家を訪れ、「シロウトの方が本をつくるよりこちらにまかせなさい」。10倍売れると豪語して社長が帰った後、姉妹社の「社長」だった長女毬子さんは「それもわるくないネ」と言いつつ、妹にこう提案する。「どこも出してくれないが、これだけは発表したいという時のために、姉妹社つづけようか?」「サザエさん」はこの後、全国紙の朝日新聞に舞台を移し、長谷川さんは国民的な人気漫画家に。出版社は選び放題だったはずだが、姉妹社は作者が亡くなった翌年93年まで存続した。
実は姉妹社、正確な意味では出版社ではなかった。そう教えてくれたのは、長谷川家に秘書兼運転手の役割で仕えた長谷川町子美術館長の川口淳二さん(72)だ。「毬子さんのこと社長と呼んでいましたが、法人ではありませんでした。個人事業主というか長谷川家の家業のようなものだった」だから、川口さんが雇われた76年ごろ、7人のスタッフがいたものの、みな社員ではなかった。在庫を納める倉庫はあったが、社屋もなかった。編集者もいなかった。その役割を担っていたのは1人だけ。そう、作者自身だ。(坂本哲史)

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