4月7日てんでんこ 養殖カキの春「1」夢の船

朝日新聞2018年3月30日3面:新しい船で養殖場へ。「7年前は考えられなかった」 宮城県最北端にある気仙沼市の唐桑半島。畠山政則(63)はいつものように3月5日も、夜明けとともに三陸特有の入りくんだ湾内へ船を繰り出した。少し気が張り詰めていたのは新しい船の初日だったせいだろうか。第88海宝丸は9㌧。これまでの船のほぼ倍近くで、県内のカキ養殖船としてはかなりでかい。「7年前は新しい船なんて考えられなかった。夢の船だ。よくここまで来たもんだ」
少し風はあるが、湾内は磨き上げた鏡面のように穏やかだ。数分も走れば、あちこちにカキを海中につりさげているロープやブイ、竹で組んだいかだが浮かぶ。東日本大震災の津波でそれらがことごとく海底に落下し、海面が家や車の残骸、樹木などで埋め尽くされたことなど想像できない。
震災時に水産庁の船に乗っていた長男の政也(34)も戻ってきた。一緒に船に乗り込んで二人三脚の作業だ。いままではクレーンでカキを海から巻き上げてカゴに積み込むまで1人でやっていた。「後継ぎもできて、これからは若い人らがやってくれる」 県漁協唐桑支所の生産量は震災前の半分ほど。でも、漁師が減ったことを考えると上出来だと、支所のカキ部会長でもある畠山は振り返る。「津波の後、いかだの間隔を空けて海中の潮通しをよくしたから、カキの身は前よりぷっくりと大きくなった」 2月11日に開かれた海宝丸の進水式の祝宴では、カキ養殖を担当する漁協幹部が「震災の後、県内で最もカキの復興に早く動いたのが政則さんだった」と持ち上げた。
「あの時、船が無事だったから、やれるという気になった」。震災前に乗っていた第8海宝丸は、湊から2.3㌔離れた造船所のドックに修理に出していた。漁師にとって船は命の次に大切なものだ。畠山は仲間とともにがれきをかきわけ、ようやくたどりついた先に、「数㌢動いただけ」で津波に耐えた愛船の姿があった。
船は確保できた。だが、ガレキを撤去できたとしても、養殖を始めるには道具がいる。「たくさんの人が支援してくれた。そのおかげで翌年には出荷を再開できた」。畠山はそう言って、湾の奥に浮かぶ古びたブイやいかだを指さした。(森治文)

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