4月25日 てんでんこ 約束「1」

朝日新聞2019年4月23日37面:成人式の写真。喜びの奥でざらついた心は、少しずつ解けた 大切な人を失い、壊れかけた心が修復されるには、どれだけの時間が必要なのだろう。今年1月の成人式の日。久池井力(71)はスマートフォンに写真が届いているのに気づいた。8年前、12歳で亡くなった孫、啓太の幼なじみからだった。6年2組の同級生たちが成人しで撮った集合写真。振り袖やスーツで装い、20歳に成長していた。その中心で、遺影に収まった啓太が微笑んでいる。
送り主の田中彩絵美(20)はメッセージも添えた。<本当に幸せな成人式にすることができました> 2011年3月11日、岩手県大船渡市。小学校の校庭に避難した啓太を車で迎えに行き、車に乗せた。国道に出たところで渋滞につかまった。後部座席から啓太の声が聞こえた。「じいじ、上にいったほうがいいんじゃない」 直後、津波にのみこまれた。車内には妻のまき子(当時62)、啓太の兄の祐人(同18)もいた。ひとり、生き残った。「おれが殺した」
罪の意識がまとわりつく。震災の1年前には長女で、孫ふたりの母(同38)も亡くしていた。「そばにいきたい」。大量の睡眠薬を酒で流し込んだ。二度、救急車で運ばれた。胃と前立腺のがん。それでも死ねなかった。「啓太くんと一緒に成人式に出たいです」。彩絵美からのメッセージが届いたのは、そんなきとだった。今年の1月13日、空色んぽ振り袖に身を包んだ彩絵美は、力にもらった啓太の写真にスーツとネクタイを「プレゼント」し、成人式へ向かった。
式が始まった。ひざの上にその写真を置き、両手を添えた。1分間の黙禱。祖母に連れられ、校庭を後にした啓太の姿が焼き付いている。「私が止めていたら」。彩絵美もまた、苦しんできた。「今までは全部、悲しい気持ちだった。今日はお互い20歳になったから、おめでとうて」。心の中で呼びかけた。式の後、フェイスブックに書き込んだ。<一緒に出られたことが嬉しくて嬉しくて> 担任も、離ればなれになった友達も来ていた。<力強く生きてきたみんなは強くて綺麗だったなぁ> 彩絵美から成人式の写真が届いて1週間後、力はお礼の手紙を送ることができた。<亡くなった家族の為にも一日でも長く生きて行こうと思います> 喜びと感謝。その気持ちにうそはない。でも心の奥底を覗くと、かきむしられるような思いがあふれそうだった。生きて出席させてやりたかったー。
そんなざらついた心は、3月11日が近づき、彩絵美とメールや手紙でやりとりする中で少しずつ解けていった。月命日の前後、啓太の墓に花を手向けてくれいたのは彩絵美だった。啓太の兄、祐人の元にも友人が手を合わせに来てくれていた。そして今回の成人式。命を失ってからも慕われていた孫ふたりのことが誇らしくなった。彩絵美と出会わなければ、一生、分からなかったかもしれない。その縁を取り持ってくれた啓太はきっと、「じいじ、生きて」と言ってくれているのだろう。生きて自分の代わりに彩絵美を見守ってほしい、と。8回目の春が来て、ようやくそんな思いにたどり着いた。 =文中は敬称を略します。(渡辺洋介)
◇被災した人々の奮闘や苦悩を見つめ、あすへの課題を描いてきた連載「てんでんこ」。4月からは原則、最終週に第3社会面で掲載します。今回はある約束を交わした71歳の男性と20歳の女性の軌跡を5回にわたり、紹介します。

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