4月23日 現場へ 後継ぎ「5」

朝日新聞2019年4月19日夕刊9面:野心系の若者よ、つながろう 3月。JR大阪駅近くのビルに入る野村証券梅田支店の一室は、熱気にわいていた。「ざらざら感を出すことって、できます?」。京都の西陣織の後継ぎ、酒井貴寛(30)が、大阪の金属加工業の後継ぎ、浦谷直斗(29)にこう尋ねた。浦谷の稼業は金属に刻印を施す工程が得意。「できますよ」と応じると、酒井は「柄にざらざらを付けたフォークと、何もしていないスポーンをセットして売ったら、目の不自由な人でも先を触らずにどちらかわかっていいでは」。自社の刻印技術の応用を考えている浦谷は、酒井の提案が気に入った様子。「それ、いいですね! ありがとうございます」主に関西周辺の家業の後継ぎたちが1カ月に1度集まり、それぞれ手がける新規事業の進み具合を報告したり、助言し合ったりする「壁打ち」と呼ばれる会だ。「親と対立してしまう」「相談相手がいない」。後継ぎ特有の悩みを吐露する場でもある。
「後継ぎって、孤独なんです。とにかく一人で悩んでいる」。壁打ちを見守る一般社団法人「ベンチャー型事業継承」の代表理事を務める山野千枝(50)は言う。「若い後継ぎたちに横のつながりをもたせたい」。そんな思いで昨年、同法人をつくった。支援対象は、34歳未満で家業を大胆に改革する気概がある「U34野心系アトツギ」。「ピッチ」と呼ばれる事業計画発表会や、山野が「パイセン」と呼ぶ全国の先輩後継ぎを招いた勉強会などを次々に企画する。京都の織物業の後継ぎ、小嶋恵理香(32)は「ここで出会えた後継ぎ仲間は財産です」と話す。後継者難による廃業が社会問題化するなか、三井住友銀行や野村証券なども同法人の活動に協賛。「壁打ち」を野村のビルでできるのも、同社の支援の一つだ。1990年代末期のITバブル時代、山野はベンチャー企業が数百社集まるイベントを企画するなどして活躍。手腕を見込まれ、大阪市が開いたベンチャーや中小企業の支援拠点に入った。情報誌の発刊を始め、地場の中小企業を回り「戦後の焼け野原から始まったじいさんの会社はつぶせない」と話す多くの後継ぎと出会った。「適当なタイミングでの自社売却も多いベンチャーよりも、いかに存続するかを必死に考える『アトツギベンチャー』こそ、イノベーション(技術革新)を起こせるんじゃないか」。家業の長年の資産や信用を生かしつつ、新たな展開を模索する後継ぎたちが増え、山野はそう確信するようになる。関西の大学でゼミも8年続ける。親と稼業について話し合う課題を出す。親子の会話の断絶が、家業の最大の危機だと考えるからだ。今、政府や企業からの講演依頼が引きも切らず、全国を飛び回る一方で、社史作成などを請け負う小さな会社の社長でもある。社名は「千年治商店」。故郷の岡山で曽祖父が営んでいたしょうゆう屋の屋号を継いだ。「私も後継ぎです」 =敬称略(おわり)(榊原謙)

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