4月21日 耕論 困りごと手続きの壁

朝日新聞2019年4月18日15面:福祉が必要な人ほど煩雑 赤石千依子さん しんぐるまざあず・ふぉーむら理事長 1955年生まれ。女性のための新聞「ふぇみん婦人民主新聞」元編集長。著書に「ひとり親家庭」ほか。 私はひとり親の当事者グループで、さまざまな相談にのったり、福祉制度を利用するための手続きの手伝いをしたりしています。福祉制度の多くは、役所に行って書類を書き、証明書類を提出し、自ら申請しなくてはいけません。その大変さは、私がひとり親になった約40年前から全く変わりません。
あるシングルマザーが引っ越しをしていて役所での手続きをするのに、付き添った時のことです。庁内を行きつ戻りつ、転入届と児童手当、自動扶養手当、生活保護の申請で半日が過ぎました。それでもまだ、保育園の申し込みなど必要な手続きが終わりません。また別の手続きの日には、幼い3人の子どもも一緒で、最後には子どもたちは疲れて泣き叫んでいました。ハラスメントのような書類や窓口対応もあります。たとえば児童扶養手当の毎年の更新時に、交際中の男性や妊娠の有無を確認されます。事実婚関係の男性から扶養されている場合は対象外となるためですが、職場であればセクハラとなる質問であり、また、交際していたら扶養されるわけでもありません。屈辱を受けた女性は困っても行政に相談しようとは思わなくなります。
このように、対象になる人がある程度限られるような福祉制度を利用する少数者ほど、多くの書類を求められる構造があります。個人ではなく世帯単位の状況の証明を求められることも、手続きを複雑にしています。「お金をもらうのだから仕方がないだろう」とする差別意識と、それを受認せざるをえない側の事情が背景にあります。そこでは、福祉を利用するのは権利であることが、隠れてしまっています。日本の福祉政策は、政治のせめぎあいの中で改築を重ね、複雑な迷路のようです。制度を作る側は、細目をつくることで、納税者に説明責任を果たしているつもりなのでしょう。
一方で、利用者の負担を最小限にしても、評価はされません。福祉には「食べログ」のような利用者によるクチコミサイトはなく、フィードバックが少ないので、負荷の程度は可視化されません。そのため、役所が負担を軽減するインセンティブもないのですが、手続きの壁が高い結果、孤立や貧困の連鎖を招いています。状況を微修正する対策として、窓口でハラスメントをしない、手続きをまとめてできるようにする、といったことがあります。しかし根本的には、制度設計をよりシンプルなものにしていかないと立ち行かないでしょう。たとえば制度によっては、申請を待つのではなく、収入など一定条件を満たす人に自動でサービスを給付するというやり方も、考えられると思います。(聞き手・高重治香)
権利だからこそ自己申請 鵜沼憲晴さん 皇学館大学教授 1966年生まれ。専門は社会福祉法制や権利擁護など。著書に「社会福祉事業の生成・変容・展望」。 なぜ、福祉サービスは本人による申請が原則なのでしょうか。人間らしく生きる権利、自分らしい人生を送る権利が国民にあるからです。憲法25条に定める「健康で文化的な最低限の生活を営む権利」、つまり生存権に直接かかわる生活保護法では、保護を請求する権利が国民にあると明記しました。その具体的な手続きとして規定されたのが「申請」なのです。かつて、生活保護以外の福祉サービスでは、サービスが必要かどうか、サービスの種類、利用する事業所や施設を、行政が決めていました。その後、自分の生活や人生を自分で決める権利が重視されるようになってきました。そのため、利用の手続きも、行政が勝手に判断するのではなく、サービスが必要かどうか、利用のタイミングをじぶんで考えることができる申請へと変わったのです。
申請には、多くの書類や煩雑な手続きが伴うことがあります。しかし、必要な人にまでサービスを支給するわけにはいかないし、各自治体がアバウトに判断しては公平性が保てません。サービスが対象とする範囲を明確に定め、対象者だと証明できる書類が必要になります。「福祉サービスを利用したい」という自己決定に基づくからこそ、自身が必要な書類を用意して申請をするのが原則です。自分の生活や人生を自分で決めるということは。その実現に向けて自分自身が準備したり努力したりすることと表裏一体なのです。
しかし、申請が人間らしく生きる権利と関係していることが理解されていないと、福祉サービスの利用が「みっとない」「恥ずかしい」といった感情や、申請の準備が面倒だからという理由から、あえて申請しない人が出てくるかもしれません。サービスの利用に至ったとしても、劣等感や後ろめたさを抱え、社会の偏見におびえて生きていくことになりかねません。自らを利権の主体として自覚できるよう、理解促進に向けたサポートが必要です。その役割を担うのは、社会福祉士など福祉の専門職でしょう。しかし、何らかのサービスに「つなぐ」ことに傾注するあまり、そうした役割がおろそかになっている場合があります。たとえば「申請すれば費用が安くなるよ」「家族に迷惑をかけずにすむ」といった提案の仕方です。申請をスムーズに進めるため、あえてこうした言葉で導く必要があるのかもしれません。しかし、そのままでは、いっこうに申請と権利との関係が理解されません。なぜ本人意思を大切にするのか、なぜ本人が申請するのか、その意味を後日にでも丁寧に説明してほしい。日々奮闘している専門職の人たちへの敬意を込め、そう願います。(聞き手・山田史比古)
スマホでSOS簡素を 伊藤次郎さん NPO法人OVA(オーヴァ)代表理事 1985年生まれ。精神健康福祉士。2014年にOVA設立。政府の自殺総合対策推進有識者会議委員。 6年前から、自殺願望がある若者の相談を受け、支援する活動をしています。「死にたい」と思っている人は街を歩いていても見つけられません。思いついたのが、インターネット検索に連動するかたちで私たちのNPOの広告を打つ方法です。検索サイト「グーグル」では、ひと月に十数万回も「死にたい」と打ち込まれていました。検索されたときに広告を表示すれば、支援が必要な人に出会えると考えました。自殺に関連する数百の言葉を登録しておき、それらが検索されると検索結果のページに広告を表示します。クリックすれば私たちのサイトにつながり、メールを送れる。約1千人の相談に応じ、病院や行政につなぎました。相談者の多くは、「もう10日も食べていない」など、すでに深刻な状態です。生活保護のような制度があることも知っている。なぜもっと早く「助けて」と言えなかったのか。行政などの支援機関との間には高い壁があり、SOSを送れないのです。
日本の社会保障や福祉は必要なときに自分で申請する決まりです。本当にきつい状況で、それができますか? 山で遭難して「助けて」と言っている人に、「救助の申請をしてください」と言うようなものです。申請を待つと、支援が必要な人にこそ届かないジレンマが生まれるのです。どうすればいいのか。まずは申請の簡素化です。複雑な書類を用意しなくても、スマートホォンやパソコンかた簡単に申請できるようにする。ワンクリックでできるのと、役所に行って今までの経歴や状況をすべて話して「保護をお願いします」と言うのでは、まったく違います。申請がなくても、最初から申請された状態にしておく「デフォルト申請」というやり手法もあると思います。児童手当などは、出生の時点で自動的に手当も申請されたことにする。こぼれ落ちる人がいれば対象から外す。受けない自由も残すことができます。
海外には、行政手続きのほとんどがネットでできる国もあります。いま、ネットで買い物をすると、履歴から「おすすめ商品」が表示されます。行政は大量のデータを持っていますから、技術が進めば、スマホに「こんな福祉サービスはどうですか」と表示することもできるでしょう。そこまでやるべきです。データを一元的に集め、AI(人工知能)が進化すれば、虐待や犯罪の恐れが高い人も行政が特定できるようになるかもしれません。どこまで認めるかは難しい課題ですが、助けを求められずに生存権を脅かされる人が出ている以上、データ活用の議論は進めなければなりません。(聞き手・中村靖三郎)

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