4月20日 耕論 がん公表 相次ぐけど

朝日新聞2019年4月17日15面:隠した4年苦しかった 生稲晃子さん 女優 1968年生まれ。元おニャン子クラブ。企業のがん対策を進める国の事業に参加。著書に「右胸にありがとうそしてさよなら」。 2011年、私は初期の乳がんの告知を受けました。ちょうど散歩をテーマとした健康番組に出演していたところです。私の病気は、場組にそぐわないんじゃないか。まず、そんなことを考えました。しこりは8㍉と小さく、移転もありませんでした。せっかくレギュラーに起用してもらったのだから、降りざるをえない状況が来るまでは番組を続けたい。私は公表しないことを決めました。がんのことは夫と当時5歳の娘ら限られた人だけに伝え、必死で隠しました。その後に2度再発。右の乳房を全摘した2度目は、最悪のこよも考えるつらい日々でした。
でも一番苦しかったのは、病気を隠す精神的なつらさだったと思います。親しいスタッフにも「元気よ」と笑わなくてはならいない。それが罪悪感につながったのです。それでも公言しなかったのは、私への見方が変わり、仕事に影響するのではという恐怖心もあったからです。この時期、色々な番組に呼んでもらえたことは闘病の励みになりました。心と体はつながっていると言いますが、誰かに必要とされているから生きなければと思う気持ちは、「薬」になると実感しました。
気持ちが変わってきたのは、乳房の再建手術の準備に入ってからです。実際に手術するまで2年かかりましたが、この頃、自分の経験を話すことで、少しでも同じ状況の方の力になれたらと漠然と考えるようになったのです。再建手術と番組に区切りがついた15年秋、私はがんを公表しました。告知から、4年8カ月がかかりました。誰かのためにと思った公表でしたが、実はそれで楽になったのは私自身でした。「私はがんなんだよ」と正直に話すことで、これまでの人生で隠していたかもしれない部分も含めて、ありのままの自分を出せるようになった気がしました。だから、体の一部を奪ったがんはもちろん憎たらしいけど、この病気に感謝している部分もあるんです。治療や薬が進歩して、がんは「不治の病」ではなくなりました。でも社会にはまだ偏見があります。キャリアを失うことを恐れて、職場に報告できないひとはすごく多い。私自身も、治療に一区切りがつき笑顔で話せるようになった時期に公表したのは正解だったと思いますが、もっと早く言えていれば精神的にも楽になれたのにという思いもあります。だから社会として、誰もが「がんになった」「痛い」「つらい」と言え、治療しながら仕事を続けられる環境を作っていく必要があると考えています。そのうえで、病気について言うかどうかは患者自身が選択すること。言うタイミングは、病気や考えが変わっていくなかで、自然に見つかっていくと思います。(聞き手・藤田さつき)
個々の選択受け入れて 海原純子さん 心療内科医 芸能人やスポーツ選手といった有名人が、ブログやSNSでがんであることを公表するケースが相次いでいます。常に注目を集める有名人の場合、公表した1952年生まれ。日本医科大学特任教授。歌手の活動も。著書に「男はなぜこんなに苦しいのか」など。 芸能人やスポーツ選手といった有名人が、ブログやSNSでがんを公表するケースが相次いでいます。常に注目を集める有名人の場合、公表したほうが落ち着いて治療できるし、自分や同じ立場の人を支えたいという動機もあるでしょう。ただ、公表する反応を見ると、受け止める側の私たちに、もっと細やかな気遣いが必要だと思うことがあります。SNSには「がんと闘いに勝ってください」「頑張ってください」といった励ましの言葉が並びます。病気がわかった人を支えようという気持ちはすばらしいと思います。一方、患者の側には、がんの治療を「勝つ」「負ける」で表現されるのはとてもつらく、落ち込むという方も多いのです。有名人による公表を、誰もが自分の勇気に変えられるとは限りません。「あの人はあんなに勇敢にがんに立ち向かっているのに、なぜ私は・・」という二重のつらい思いに苦しむ人も出てきます。みんなが、がんに敢然と立と向かえほど強いわけではないのです。がん治療が著しく進歩しているのは確かです。でも「勝つ」が、完治や、症状を抑えられる寛解を意味するなら、治らないがんに苦しむ人たちは、「自分は負けなのか」と思ってしまいます。
私は産業医などの仕事を通じ、言わば「サードオピニオン」的な相談相手として、患者やその家族の本音を聞く機会があります。その方たちと話していると、がんを公表している人に対する一様ではない感情や、周囲の激励や応援の言葉に感じる「微妙な違和感」といったものに触れるときがあります。たとえば、がんの治療をしながら働く人に、周囲は「仕事は無理せず治療に専念してください」とよく言います。言われた側は、気遣いの言葉だと理解できても、「社会から切り離された感じがする」「元気な人の世界から、がんという特殊な世界へ振り分けられた気がする」との思いを抱く人もいます。
また、ある女性に「がんになって一番嫌だった言葉」を尋ねると、医師から告知を受けた際に言われた「残念ですが、がんが見つかりました」の「残念ですが」という言葉だと答えました。「私は残念な人だったのか」とつい自問してしまい、とても重く嫌だったそうです。がんになった人には、健康な人には想像できない感じ方や心の動きがありことを痛感します。がんを公表して誰かを勇気づけたい人も、隠したまま治療を続けたい人もいます。それぞれの選択を、私たちは「勝つ」「負ける」、「頑張る」「頑張れない」といった価値観にとらわれず、ありのままに受け入れていく必要があると思います。(聞き手・中島鉄郎)
「共存時」時代報じ方課題 勝俣範之さん がん薬物治療専門医 1963年生まれ。日本医科大学武蔵小杉病腫瘍内科教授。国立がん研究センター医長などを経て現職。 がんで義妹を亡くした男性が作った映画「がんになる前に知っておくこと」が公開中です。「がんのことを何も知らなかった」との後悔がきっかけだそうです。俳優の鳴神綾香さんを案内役に、がん経験者や専門医に話を聴きながら理解を深めていくドキュメンタリーで、私も出演しました。鳴神さんは撮影後、「がんのイメージががらりと変わった。がんになったら終わりじゃない」と言っています。がんをめぐっては、さまざまな誤解があります。典型がメディアにおける扱い方です。相変わらず「がんは怖い病気」と強調したうえで、「早期発見できて良かった」「進行がんで治らず壮絶な死をとげた」の二分法に押し込んでしまいがちです。取材に来たテレビのディレクターに以前、「治ったか、治らなかったか、じゃないんだ。その間に『がんとの共存』というのがあるんだ」と伝えました。すると、「それでは視聴率が取れません」と言われたことがあります。「治る」「治らない」の二分法はとてもわかりやすいのです。でも私が医者になった30年あまり前に比べると、抗がん剤を始め、がんの治療はとても進化しました。二分法の間にいる人が、ずいぶんと増えています。私の診ているステージ4の乳がん患者さんは、遠隔転移を経て25年間、抗がん剤治療を続け、仕事もしています。そもそもメディアは「早期発見、早期治療が大事」と言い過ぎです。実際に早期発見、早期治療で治るがんは一部です。「がんは生活習慣病」とも言われますが、生活習慣で予防できるがんも一部です。がんには誰でもなる可能性があり、共存することになる人が多い病気なのです。こうしたことは日本ではまだ十分には知られていません。その結果、職場に隠して一人で悩み苦しむ人が少なくないのです。ニューヨーク在住の方から、「職場で堂々と公表して同僚から励ましの拍手を受けた」といった話を聞くのと対照的です。メディアには、がんは共存できる病気だと広く伝えるとともに、「共存する人々をどう支えるか」といった問題提起をしてほしいと思います。またがんと診断されると、その人の元には効果があるかどうかはっきりしない情報が押し寄せます。怪しげなサプリメント療法など、少額ならともかく、100万円単位のお金を投じる人もいます。こうした怪しい治療に、医者がかかわっていることは大きな問題です。日本では、医者が自由診療で何をしても、違反にならないのです。有名人ががん公表をセンセーションに報じるだけでなく、正しい情報、認識を伝えることは、メディア界だけでなく、医療界の課題でもあります。(聞き手・大牟田透)

 

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