4月20日 憲法季評 蟻川恒正

朝日新聞2018年4月14日17面:ありかわ・つねまさ1964年生まれ。専門は憲法学。日本大学大学院法務研究科教授。著書に「尊厳と分身」「憲法的思惟」
文書改ざんの構造 公務員の「常識」を壊すな 園児に教育勅語を暗誦させる教育方針を採っていた森友学園に対し政府が破格の安値で国有地の払い下げを行った問題で、先月12日、財務省は、学園側と直接交渉に当たった近畿財務局が作成した14の決裁文書につき、昨年2月下旬から4月にかけて改ざんが行われたことを認めた。現理財局長らは、改ざんは、決裁文書に記された内容と異なる事実を説明した前理財局長の国会答弁との整合性を図る目的でなされたと説明したが、自分や妻が関与していたら総理大臣も国会議員も辞めると啖呵を切った昨年2月17日の安倍晋三首相の国会答弁に配慮し、とりわけ安倍昭恵氏の関与が疑われる記述を丸ごと削除することが改ざんの主たる目的ではないか、との疑義が強い。
そのためであろうか、当時の理財局は首相答弁も含め政府全体の答弁を気にしていたと現理財局長が発言し始めたことに対して、ある与党議員が、安倍政権を倒すために「変な答弁」をしているのかと現理財局長に迫る一幕があった。現理財局長は、色をなして、次のように反論した。「私は公務員としてお仕えした方に一生懸命お仕えするのが仕事なので、それを言われると、さすがにいくら何でもそんなつもりは全くありません。それはいくら何でも、それはいくら何でもご容赦下さい」これは、一般的な官僚答弁ではない。抑えてはいても感情はあらわになっている。質問に対する強い拒絶の意思が看て取れる。この質問はいかにも酷い。この質問者が擁護しようとした一人、麻生太郎財務相すら「軽蔑する」とコメントしたほどである。強い拒絶は当然であろう。
けれども、同時に問うべきは、この発言に表れた現理財局長の公務員観である。「公務員としてお仕えした方に一生懸命お仕えするのが」公務員の「仕事」だと言って、はたしていいのだろうか。日本の官僚たちは、この「お仕えする」という言葉をごく普通に用いているようであり、この言葉を用いても決して政治家に隷属する旨を意味しているのではないとも確かである。けれども、この言葉を使うのにあまりに慣れると、「公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」(憲法15条2項)という精神から遠ざかり、直接「お仕えする」大臣等「一部」の政治家の利益にもっぱら「奉仕」し、「全体」に「奉仕」するという本来の職責を忘れがちになるのではないか。その行き着いた先が、ほかなぬ決裁文書の改ざんだったのではあるまいか。
だが問題の根は、公務員の側よりも政治家の側にある。この文書改ざん問題では前理財局長が国会で証人喚問を受けたが、これについて萩生田光一自民党幹事長代行は、前理財局長が首相と夫人の関与を否定したことを取り上げ、偽証罪のリスクを抱えながら「役人の最後の矜恃」を示したものと評価した(時事通信4月2日付)。この発言の真意がどこにあれ、官僚はその発言から、「お仕えする」政治家やその身内を守ることが公務員の職責だというメッセージを受け取るに違いない。政治家からこうしたメッセージが繰り返し流されれば、圧力や、まして直接の指示などなくとも、官僚は、時の権力者に自発的に服従するようになるだろう(2014年に設置された内閣人事局で人事を握られていればなおさらである)。いわゆる「忖度」である。官邸からの働きがあったか否かはともかく、改ざんは、この構造の中で行われた。
今般の改ざんは、決裁文書の「本件の特殊性」と書かれた部分を中心に行われた。改ざんは、この土地取引への歴史的検証を不可能にする以前に、近畿理財局の通常の業務遂行を困難にする。これらの文書が、一般の決裁文書では考え難いまでに克明に経緯を記したのは、無理に無理を重ねて払下げを認めたのはこれだけ特別な事情があったからだと詳述することで、不可抗力が働いたことを暗に主張し、同財務食担当部署が自らの責任を回避するためだったかもしれない。同時に、再び「政治家」案件が来たときに備えて、森友学園の事実との比較を可能にし、本件ほどの特殊性がない事案には、こうした判断を適用しないとする対応を確保するためだとも考えられる。その「本件の特殊性」を削除してしまうのだから、爾後の判断の指針が失われ、真っ当な行政活動ができなくなる。
近畿理財局で改ざん作業に従事させられたと推測される一人の職員が、心身の平衡を崩し、休職を余儀なくされた上、自らの命を絶ったと報道されている。その職員は、親族に次のように漏らしていたという。「自分の常識が壊された」その職員のいう「常識」は、政治家に「お仕えする」ことでも、政治家とその身内を守ることでもない。「特殊」は「特殊」と受け止め、「特殊」と「一般」の判別基準が恣意的にならぬよう、文書管理を含めた日常業務を真面目に行うことである。そうすることが、公務員が「全体の奉仕者」でいられる最低限の方法である。現在「行政権の行使」(憲法66条3項)に当たっている内閣が壊したいのは、「行政権」(憲法65条)そのものである。

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