4月18日 日曜に想う 編集委員 曽我豪

朝日新聞2019年4月14日3面:「官邸病」の自覚はあるか 今回、政権が長くなることの善しあしをしみじみ考えさせられた。安倍晋三首相の自民党総裁任期を3選から4選までに延ばす案が浮上したからだ。政権の思惑は別にして、国民が長期政権の意味をみつめ直す良い機会になったと思う。確かに長くなれば宿願を成就させる時間は増える。長期政権が内外の信用を増すならそれもプラスだろう。だが現実に成就させる政治技術の点ではどうか。期限を切って交渉相手を追い込むからこそ、妥協の知恵が生ま妥結の道も開ける。それがまだ時間はあると緊張感が緩めば、ロシアのプーチン大統領がなお経済協力が引き出せると平和条約交渉で足元をみてくるかもしれない。今はその時に非らずと公明党が改憲重論をさらに強める可能性もある。その時、4選は首相にあだなすのではないか。
その辺りの呼吸は首相も思案中に違いないし、再選が3選になった時のように成否は最後まで分からない。ただ、政権の内と外の政治的な空気がどうなるか、それがカギを握ると思う。返り咲いた直後のこの政権には独特な空気が漂っていた。脅迫観念といってよいほど、ピリピリした緊張感である。高い内閣支持率に依拠して保守的諸改革を拙速に進めた結果、置き去りにされた国民の支持を失った1度目の政権の悔い。民主党政権の至らなさを指弾し尽くして返り咲いた結果、二の舞いは出来ないとの恐れ。「今度は失敗しない」。閣僚や首相秘書らが合言葉のように言い合っていたことを思い出す。
だからこそ、特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認、安保法制など、支持率を急落させるだろう懸案は間隔をあけ一つずつ処理した。その合間は景気対策に専念、株価と支持率を堅調にしては選挙で「1強」を固め直した。政治的な時間の支配力とその使い方の巧みさが前半期の政権の特性であった。「アベノミクスで稼いだ政治資産を安保・憲法で使う」。その言葉通り首相は硬直的な保守原理主義者ではなく、融通無碍な機会主義者の顔をのぞかせた。だが3選の前後から緊張感は急速に失われた。疑惑、隠蔽、改竄、不正。政権の緩みが顕在化し、選挙でリセットしようとして果たせない。重要法案の欠陥が暴かれ、重要局面で失言が相次ぐ。統一地方選と同時進行するこの国会に至るまで、繕いに手をとられ守勢に回る政権に昔日の支配力は感じられない。
それでも内閣支持率は落ち切るに至らず「1強」は続いてきた。代わり得る政権の姿を示せない野党と多くが禅譲路線にとどまる自民党のポスト安倍がそれを許した。あふれ出してもおかしくない国民の飽きや抵抗感といった空気もそれらとの相対評価のもとで相殺された。7日の知事選もまた、足元の組織が分裂した福岡、島根では自民党が推す候補が敗れたものの、与野党対決型の北海道では大差で野党側が負けた。ただし、永田町で言い古された言葉がある。「官邸病」という。
権力が盛りの時ほどかかり、気が付いた時には手遅れの厄介な病気とされる。まず、周りが忖度して都合の悪い情報を入れなくなる。次に、権力者が良い情報だけ聞きたがり、仲間内だけで物事を決め始める。「自分たちは正しいことをやっているのに世間が悪くとる」。そう言うようになったら大体が政権末期だ。権力は最盛期にこそ衰亡の兆しがあらわれるというが、平成の30年間においても、政権が選挙や党首選の大勝の直後に下手をうち、首相が自分の得意分野で失敗する例は散見された。
苦い薬はあると思う。厳しい言葉や少数意見を進んで聞き、危機の前兆を見通し、国民を置き去りにしない言葉を使う。いずれも自らを省みる緊張感があってこそ耳と目と口である。4選を論じるより前に手当すべき政権の傷みは明らかだ。聞かぬ存ぜぬの空気が政権の内に充満すれば、ついに政権の外の国民の空気を決定的に硬化しかねない。緊張感を欠いたままの長期政権はその時、張り子の虎と化すだろう。

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