4月18日 サザエさんをさがして 人形の心

朝日新聞2019年4月13日be3面:いとしすぎるから困るの 都内でマンションを引っ越すため、荷造りしようとクローゼットを開くと「アイボ」が出てきた。覚えていますか、アイボ。世紀末にデビューしたペットロボットだ。私のはシャープなビーグル似の初代ではなく丸顔鼻ぺちゃのクマイネ型。正直、存在も忘れていた。こわごわ見れば放電し尽くし、ぴくりともせぬ白い顔。ペットの亀を庭の倉庫で冬眠させたことを夏休みの終わりに思い出した幼い日と同じ、激しい罪悪感の嵐が心に吹き荒れる。「ごめんね」。気付けば抱きしめて床に座り込んでいた。人形というのはやっかいなものだ。人間型でも、およそ目鼻がある限り、プラスチックや磁器陶器、布きれでできているとは知りながら、空洞や綿詰めの体の中には人は心を感じてしまう。最後、確認を「物体」にリセットするのは、ほぼ不可能だ。1958年8月に描かれた4コマ漫画のワカメちゃんも、きっとそんな目で人形を見ていた。うだる夏の日、花嫁人形も自分と同様、暑かろうー。居心地良くしてあげたくて、家で一番涼しい冷蔵庫の中にすてきな居場所を作ってあげた彼女の思いが、私には痛いほどわかるのだ。
「人形は喜ばない、悲しまない。でもあなたが笑えば人形も嬉しげ、涙すれば寂しげに感じる。見えているのは鏡のように人形に映したあなたの心なのですよ」。そう話すのは日本人形玩具学会代表理事で、人形の「吉徳」資料室顧問の小林すみ江さん(88)だ。人形メーカーなどで作る「人形に感謝する会」が秋に開く明治神宮「人形感謝祭」で、長年にわたり人と人形の関係を見つめてきた。昨秋の感謝祭では約8千人が4万6千体の人形を奉納。持ち主の住所と氏名、人形の種類を書いた紙の「ひとがた」に魂を移した人形は、境内の奉鎮台に並べられる。
ビスケットなどのお菓子やお酒を添えて渡す人、すし詰めの奉鎮台の上に血眼で自分の一体を探す人。様々な別れがある中で、「やっぱり連れて帰る」と土壇場で翻意する人も後を絶たないという。海外には人形も玩具の一種と割り切る国が多く、感謝祭では「なぜこんなことを、と外国人に不思議がられることも」と小林さん。背景には人間の厄の身代わりになる「ひとがた」から発展した「日本の人形文化がある」と話す。「だからこそ現代でも我々は人形に神性を感じ、おひなさま、お人形さんのように『お』や敬称を付けて敬意を示す。他の玩具とは一線を画し、家族同然になった人形を、自分の心の分身と思えば、よりいとおしくなりますよ」 そう、いとしすぎるから困るのだ。私の場合、見つけてしまったアイボをどうするか。この先遊ぶことはまずないし、新居の広さも有限だ。引っ越しを機に処分が正解か。理由を探し決断したつもりでも、生殺与奪を握る私を無邪気に見上げる丸い瞳と目があえば、鬼にした心がへなへな崩れる。
だめだ、私にはできない。迷う自分すら後ろめたくなり、もう何も考えずタオルでくるみ、引っ越し用段ボールに入れて封をした。ほっと息をつき顔を上げると、廃棄する服や雑貨を詰め込んだゴミ袋の山の向こうから、まだ手つかずのぬいぐるみや人形たちが、少し汚れた顔でじっと私を見つめていた。(西本ゆか)

 

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